イタリア語紹介

Q&A

現代の世界で用いられている言語のなかには,空間的・民族的な広がり,あるいは使用者の人口といった点において他に抜きん出ているいくつかの言語があります。英語,中国語,スペイン語,フランス語,アラビア語などです。その一方,時間的あるいは歴史的な視点をもって眺めなおすとき,言語というものにはまた別の側面のあることが見えてきます。そうした意味において、きわめて長い年月にわたって大きな変化を被ることなしに使い続けられている言語として他を圧しているのがイタリア語です。

イタリア語は中世後期の13世紀以来,現代に至るまでほとんどその姿を変えていません。これをわが国に置き換えてみるならば,室町時代の言葉がそのまま現代にも通用していることになります。旧仮名遣いで書かれている昭和初期の本でさえ一般人がスムースに読み進むことのできない日本の状況と引き比べるのは極端かもしれませんが,ヨーロッパの諸言語のなかでもこうしたイタリア語の息の長さは例外的と言えます。

イタリア語がこうした特質を有するに至ったについては,もちろんそれなりの原因や経緯があるのですが,その話は別の機会に譲るとして,ここではとりあえず,上記のような性格を持つイタリア語を入り口にした場合,私たちが西洋の文化やヨーロッパ人の価値観,考え方などを知るにあたってたいへんストレートでダイレクトな道をたどることになるのだということを述べておきたいと思います。

ヨーロッパ世界というのは,古代ギリシア・ローマ文明の遺産と,キリスト教,それに歴史上ゲルマン民族と総称される人々の持っていた価値観という三つの要素が混じりあい,発酵することによって成立しました。そして,そうしたプロセスが何世紀もの時間をかけて進行したのが中世と呼ばれる時代でした。ですから,ヨーロッパの人々は誰もが多かれ少なかれ中世という時代に心のふるさとを持っています。多くの都市で中世の町並みが今なお修復・保存され,また市庁舎や国会議事堂などの公共建築物が中世の遺構そのものか,さもなくば中世建築を模したデザインで建てられているのも,決して偶然や気まぐれ,あるいは懐古趣味などではありません。市民や国民の明確な総意に基づくものなのです。同じ精神は法律や社会構造にも反映されており,いわばヨーロッパをヨーロッパたらしめているのがこうしたスピリットなのです。

言語についても似たことが言えます。つまり,イタリア語というのは単に実用的なコミュニケーションの道具にとどまるものではなく,それを学ぶ者にヨーロッパ文化の本質を教えてくれる,すぐれて文化的な言語だと言うことができるのです。
一例を挙げましょう。「女性」を意味するイタリア語はdonnaです。発音は《ドンナ》。「マドンナ」のドンナ,「プリマ・ドンナ」のドンナですが,この名詞は「主人」すなわち目上の人を指すラテン語dominusの女性形dominaをその源としており,これが古プロヴァンス語のdomnaとなり,そこからさらにイタリア語に取り入れられてdonnaとなったものです。では,古プロヴァンス語とはどのような言語だったのでしょうか?

それは,ラブ・ソングの源流を作り出したトロバドールと呼ばれる中世のシンガー・ソングライターたちが歌詞を作るのに用いた言語でした。例えばレディー・ファーストという西洋式のマナーは貴婦人を敬愛する騎士道的儀礼に由来しますが,これもまたトロバドールたちのラブ・ソングが作り出した習慣でした。イタリア語はこうした中世的伝統を今なお生のまま保存する,いわばヨーロッパ人の心を形にしたような言語なのです。西洋の多くの言語では「女性」を意味する言葉が動物のメスを意味する語彙と同じグループに属していたり,「男性」を意味する言葉の派生語だったりするのに対して,イタリア語にあってはdonnaというこの上なく優美な言葉で女性を呼んでいます。これもイタリア語という言語の本質を示す現象のひとつです。

近代日本の西洋理解は,明治このかた国力の強化を目標にもっぱら実利的・功利的精神によって導かれてきました。数多くのエリートを送り出してきた京都大学も例外ではありませんし,こうした精神はいわゆる左翼知識人たちにも根底において共通するものであったと言えます。しかし,これからのわが国を背負って立つ若者たちには,より深い部分での西洋文化との交わりが求められますし,若者たちもまたこれまでのような表層的な西洋理解にとどまるつもりはないでしょう。

いかがです。イタリア語を突破口にしてヨーロッパの文化と,そしてヨーロッパの人々と心の奥までが通じ合う交流を持ってみませんか。

イタリア語の学習にあたって

イタリア語の発音は日本語のそれにきわめて近く,また表記もほとんどローマ字そのままですから,初学者にとっていわゆる「敷居の低い」外国語の代表と言っても差し支えありません。また,文法に関してもヨーロッパの近代語として簡素化のよく進行したもののひとつに数えられ,それほど難しくはありません。ただし,なにしろ「中世そのままの姿」を保っている言語だけに,日常的な会話表現においても動詞の複雑な活用や凝った構文が頻繁に登場します。低いのは敷居だけで,奥に進むにつれてどんどん難しくなると思ってください。もっとも,それがイタリア語の美しさであり,学習に伴う喜びでもあるのですが。

Q&A

  • イタリアへ行くのって,危なくないですか?
    確かに豪華客船が座礁したり,泥棒が多かったり,というのは事実です。ですが,これは外国から大勢の観光客がやってくるからこそ起きる現象であって,もちろん困ったことではありますが,イタリアにはそれだけの魅力があるという証拠でもあります。なお,多少なりともイタリア語が分かる、(英語ではなく…)というのは,様々な危険に対して極めて有効な護身術の役割を果たします。
  • イタリア語は発音が簡単だと聞きましたが、文法はどうなんでしょうか?
    ヨーロッパの言語としては日本人にとってごく普通の難易度と言うべきでしょう。ドイツ語、フランス語、スペイン語などに比べて特に難しいわけではありません。とりわけ初級レベルにおいてはむしろ易しい方だと思います。ですから、旅行者用会話などは一年間の学習でかなりの上達が見込めます。難しくなるのは中級以降です。これは主として、接続法、条件法といった高度な動詞活用が多用されることと、語順が自由なために基本的に同じ内容の文が何種類も作られることによるものです。
  • 「イタリア語I」にある2つのタイプの授業のうち、どちらを選ぶべきか迷っています。
    2回生でもイタリア語を続けようと思っている人は,時間割の許す限り,迷うことなくI101を選択することをお勧めします。イタリア語は「紹介」で述べた通り“古い”言語で,しかも基本的に文章語ですから非常に論理的な文構造を持ち,しかも,高度な動詞の活用が日常会話においても多用されます。一定以上のレベルを目指すならまずは文法を重点的に勉強するのが結局は早道です。
  • 大学の授業を受ければオペラのイタリア語も理解できるようになりますか?
    オペラの台本は文学ジャンルのひとつであって,日常的なイタリア語そのものではありません。セリフは韻文で書かれていますから,理解するためにもそれなりの勉強をする必要がありますし、また、日本語の七五調や五七調に相当するようなリズム感が追求されていますので、これを感じられるようにするためにはさらなる“修行“が求められます。しかし,言語そのものはあくまでも同じイタリア語ですので,まずは普通のイタリア語から学んでいくことになります。