間違いの認知心理学 2009年度

 少人数セミナー(ポケット・ゼミ)は、その名称が示す通り、受講生と教員、そして受講生同士が、親密なコミュニケーションをとりながら授業を進めることができるように少人数編成となっています。また、受講生は、自分の学部以外の教員と接することを勧められていますので、少ない人数の中にも異なる学部からの受講生が存在し、各学部の固有の事情や文化を共有しながら、多角的な視点からの議論ができるようになっています。ちなみに、本年度の私の授業には、総合人間学部、文学部、法学部、経済学部、工学部の5つの学部から各1名、合計5名の1回生が参加しています。
 この授業のテーマは、人間が起こしてしまう「間違い」です。私自身は、これまで人間の記憶を中心的テーマとして、認知心理学という分野で研究してきました。記憶の仕組みを調べるのですが、記憶という働きに生じる間違い(たとえば、事実とは異なるように覚えていること等)が、記憶の仕組みを探る上で非常に多くの情報を提供してくれることがわかっています。その他の認知心理学のテーマを見ても、同様のことが言えます。言い間違いや聞き間違いは、言語を司る心の仕組みを教えてくれますし、アクション・スリップと呼ばれる行為の間違い(例えば、チョコレートを包みから出して、包みを口に運んで中身をゴミ箱に捨ててしまう等)は、我々の運動行為やその制御の仕組みについて重要な情報を提供してくれます。つまり、「間違い」は、人間の心の働きを扱う多くの研究テーマに共通したパラダイムであると言えるのかもしれません。
 それでは、「間違い」という心の働きの誤作動は、どのようにして心の働きについての情報を提供してくれるのでしょうか。私たちは日常的に多くの間違いをしますが、こうした間違いは、無秩序に起こるのではなく、ある種の規則性を備えています。そして、その規則性は、心の働きを制御する規則を反映していると考えられています。「間違い」は、一見すると、我々の心の働きの「規則からの逸脱」であるかのように見えますが、実は、「間違い」は心の誤作動でありながら、心の「規則の現れ」なのです。言い換えると、「間違い」とは、宇宙を観測するための天体望遠鏡や微生物を観察するための顕微鏡と同じように、直接的には見ることのできない心の働きを観察するための道具であるとも言えます。
 この授業では、「間違い」に関連した著書や論文を読むとともに、実際に間違いを収集し、理論的な立場から分析を試みる予定です。そうした活動を通じて、さまざまな「間違い」に見られる規則性を探り、認知心理学的な視点からその意味を考えたいと思っています。

齊藤智准教授

教育学研究科
専門分野:認知心理学