ガリレオの望遠鏡 2010年度

 昨年2009年は国際天文年でした.それを記念して,木星の世界同時観測などの国際的な行事が数多く催されました,これは国際天文学連合が企画したものですが,その契機となったのは,イタリアの科学者ガリレオ・ガリレイ(Galileo Galilei, 1564-1642)が望遠鏡による天体観測を初めて行ったのが1609年であり,昨年がちょうどそれから400年に当たったことです.しかし,どうしてガリレオの天体観測が近代天文学誕生の記念碑とみなされるのでしょうか,それは彼が天体観測に初めて望遠鏡を使ったことにありますが,その結果が当時の天文学そして宇宙観に与えた影響が非常に大きく,しばしば「天文学の革命」,「宇宙観の革命」と呼ばれるほどだからなのです.それまでの天体観測は裸眼で行われていました.望遠鏡を使うことによって,月の凹凸や木星の衛星といった惑星に関して重要な発見がなされました.またそれまで知られていた他にも非常に多くの恒星が望遠鏡によって認められ,星雲が無数の恒星からなることも初めて理解されたのです.このように,望遠鏡によって,宇宙は,まったく新しい姿を我々に前に現わしたのでした.
 本ゼミでは,ガリレオがどのようにして望遠鏡を自作したのか,その望遠鏡の性能はどのようなものだったのか,また彼の観測でどのようなことがわかったのか,その結果は当時の天文学,さらには宇宙観にどのような影響を与えたのかといったことを,ガリレオが残した書籍や書簡などに基づいて考えていきます.ゼミではまずガリレオの生涯と業績を簡単にまとめてから,望遠鏡による天体観測を公表した二つの著作『星界の報告』(1610)と『太陽黒点論』(1612)の内容を消化します.こうして全体のイメージを掴んだ上で,それらの著作と彼の残した書簡やスケッチを具体的に見ながら,望遠鏡の製作,月面の凹凸の発見,恒星と星雲,木星の衛星の発見,金星の満ち欠けの発見,太陽黒点の記述といった,彼の観測結果の報告を読みすすめていきます.同時に,実際にレンズを用いてガリレオの望遠鏡の性能を確認したり,望遠鏡によって月などを観察してみて,ガリレオの観測記録と比較することも行います.またガリレオは,この望遠鏡の製作と天体観測によって,社会的にも高い地位(「トスカナ大公付き主席数学者兼哲学者」)を獲得しますが,彼の活動の社会的な側面についても触れたいと思います.
 ガリレオについては,これまでも名前を聞いたことがあると思いますし,また伝記を読んだことがあるという人もいるかもしれません.ピサの大聖堂での振子の等時性の発見やピサの斜塔での落体実験についての逸話は旅行ガイドにもよく載っています.しかしそのような逸話は,実は後になってから作られたものであって本当の所はよくわからなかったりします.ガリレオの落下法則やガリレオの相対性といった言葉は,教科書や参考書でもよく見られますが,本当のところガリレオはどのように述べていたのでしょう.どうしてガリレオはそのようなことを考えたのでしょう.実際にガリレオが述べていることに耳を傾けて,彼がなしたことを考えてみようというのが,このゼミの目的ですし,科学史研究の目的でもあります.
 科学史という学問分野は,高校まではほとんど馴染みのなかったと思います.科学史という言葉から容易に推測できるように,科学を歴史的に研究するというものです.特定の学問や文化を対象とする歴史は,経済学史や教育学史,美術史や文学史といったように他にもたくさんありますが,科学と歴史という組み合わせはとりわけ違和感があるかもしれません.というのも,科学というのは理系の学問ですし,一方歴史というのは文系の学問だからです.高校では,皆さんは理系と文系の間で進路を選択したと思います.その両方に関わる学問分野というのは不思議に思われても不思議ではないでしょうし,またそのような質問を受けることもあります.しかし科学というのは,他の文化的活動と同じように,人間が歴史的に築いてきたものであることを忘れてはなりません.科学史は,たしかに他の歴史と比べて新しく馴染みのないものですが,科学が現代社会において果たす役割が非常に大きくなったことの結果,大学でも教えられるようになってきました.同じように科学について考える分野として,科学哲学や科学社会学といった学問分野もあります.
 科学はつねに進歩するのだから,過去のことを調べても時間の無駄だという考えもあるでしょう.たしかに科学を全体として長い時間で見れば進歩していると言えるでしょうが,ある特定の分野,ある特定の時代に限定すると,必ずしも絶えず進歩しているということはできませんし,場合によっては,後から見ると迷路にはまっていた時期もあったりします.またある分野で急激な発展が起きるときには,まったく予想外のところから突破口が開かれることがままあり,過去に行われてきたことをただやっていれば進歩が生まれるわけではありません.私たちは,現在のやり方が最善であるような錯覚に陥っていたり,また問題があることがわかっていてもそれを突破する手段が見つからないこともあります.過去の科学の発展を眺め,科学者の言葉に耳を傾けることから,何か問題解決の手がかりが見つかるかもしれませんし,新しい展望が開けるかもしれません.そうでなくても,私たちの科学に対する理解はより広く深いものになるはずでしょう.

伊藤 和行(いとう かずゆき)

文学研究科 教授
1957年生 北海道出身
専門分野:科学史
趣味:星と鳥を観ること,小さな機械を組み立てること