魚類心理学入門 2010年度

(写真1)舞鶴市小橋にて,仔稚魚採集用のネットとともに.この年は,私の担当するポケゼミ生の人数が少なく,山下洋教授のポケゼミとの合同の実習となった.
(写真2)メジナの稚魚の群れを観察するポケゼミ生
(写真3)岩場で見つけたアメフラシについて語り合うポケゼミ生のみなさん
(写真4)京都府漁連の市場にて,その日に獲れた魚に驚くポケゼミ生たち

 「魚類心理学」という研究分野について,なじみのある新入生はほとんどいないだろう.それもそのはずで,これは私の造語である.魚の生態を観察していて思いついた疑問を,実験を通して解明してゆく分野を,このように称している.研究の方向性としては,みんながおいしい魚をいつでも食べられる世の中にしたい,という水産学の視点と,魚の心理についてわかったことが人間の心理にも通じるかも,という心理学の視点を持って進めている.
 私自身が大学1回生のとき,当時の一般教養科目であった「心理学」を選択した.「楽勝科目」との評判を聞いて受講したその内容は,折れかけていた私の心にたいそう響き,その後の人生を豊かにしてくれただけでなく,自分が「魚類心理学」を立ち上げる上での基礎ともなった.はたして魚類心理学が京大生の皆さんの人生にそれほど貢献できるかどうかはわからないが,参加して楽しく,そして何かを得られる授業にしたいと思っている.
 少人数セミナー「魚類心理学入門」は,京都での6回の講義と舞鶴での2泊3日の実習からなる.講義は毎回,パワーポイントでのスライドショーを1時間弱行ったあと,質問や意見を学生さんから受け,レポートを書いてもらっている.2回目以降の講義は,前回のレポートに対する私のコメントで始める.募集人数は,毎年10名である.自分が大学に入学した当時,大教室での一方的な講義にひどく物足りないものを感じた.そこで,自分が講義する側にまわったときには,多少なりとも双方向性のある授業にしたいと思っている.10人という人数は,それが容易にできる人数である.
 講義は農学部棟の北側にあるjPodと呼ばれる木造の建物の中で行っている.木質の持つぬくもりと解放感が,自由で活発な雰囲気を醸し出してくれる,ような気がする.
 初回から4回目までの講義では,もっぱら私自身の取り組んできた研究について紹介する.第1回の「研究の道具としてのスキューバ潜水」では,潜水中のさまざまなエピソードから話を起こし,舞鶴で行っている潜水調査の様子や最近の研究成果などを紹介する.「群れ行動の発達心理学」では,魚がなぜ群れるか,どのようにして群れを維持しているか,生まれたての魚がどうやって群れを作れるようになるのか,といった研究について紹介する.「魚類心理学を栽培漁業に活かす」では,栽培漁業に関する研究を紹介する.「魚の行動から海の資源の未来を読む」では,水産資源をどのように管理してゆくべきか,といった話をする.なお,ここまでの講義内容は,拙著『魚の心をさぐる』と重なる部分が多い.これは,ポケゼミの講義をもとに上記の本を書いたからで,執筆した年のポケゼミ生のみなさんには原稿を試読してもらった.
 第5回の講義では,私の恩師である塚本勝巳教授(東京大学海洋研究所)の研究の話をする.Nature誌に第一著者として論文を3度掲載され,現在も最前線でウナギの生態研究に取り組む恩師の研究の軌跡について,不肖の弟子の視点でたどってみる.そして第6回の講義は「研究というゲームの楽しみ方」と題して,研究者として生きていく上で必要な技術の磨き方を紹介する.その中では,「プレゼンテーションの奥義」というコーナーも設けている.話の下手な私がそんな講義をするのは心苦しいのだが,これが意外と好評だったりもする.下手なりに方法論については研究してきたので,私の指導した学生はたいてい,私よりプレゼンが上手だ.なんて自慢にならないか.
 舞鶴での実習では,舞鶴市小橋の海水浴場へ行き,ここで小型のネットを曳いて魚を採集する(写真1).また,シュノーケリングにより,そこにいる魚を水中で観察する(写真2,3).京都府漁連の市場見学も行い,漁獲された魚について観察する(写真4).
 講義の中では,水中写真と料理写真がたくさん出てくる.魚を見ることと食べることが好きだから,必然的にそういうスライドが多くなる.それはともかく,海洋生物資源の持続的利用や,海の生態系の保全といった問題は,どのように魚を食べてゆくか,ということと切り離しては,机上の空論になってしまうであろう.魚の食べ方の話は,食の安全やフードマイレージの話題への布石でもある.
 ポケゼミを開講する上での狙いとして,大学で受ける他の授業の意義を考えるきっかけにもなってほしいと思っている.「魚類心理学」の講義を通して,研究とはどんなプロセスを経るものかを知ってもらうことはできるだろう.たとえば,潜水観察で得られたデータは,統計処理し,他の研究者の論文と比較検討したのち,学術論文として投稿する.そんなプロセスに触れれば,学部で受ける統計学や語学の授業に対する身の入り方も,違ってくるかもしれない.
 私の所属するフィールド科学教育研究センター(フィールド研)では,講師以上の教員は基本的に全員がポケゼミを開講している.フィールド研の施設は吉田キャンパスとは離れた場所に多く,また学部生との接点が少なくなりがちなので,ポケゼミを通して学生さんたちに知ってもらおう,という意図はある.実際,新入生の頃にフィールド研のポケゼミを受講し,その後フィールド研の大学院へ進む学生も多い.しかし,専門分野への足がかりとして位置づけるのは,ポケゼミの本来の姿ではない.むしろ,将来あらゆる分野へとはばたく可能性を秘めた皆さんに,フィールド科学の視点を持ってもらうことが重要かと思う.個人的には,「魚類心理学入門」を学んだ学生さんが,それぞれの分野で活躍し,人を動かし,あるいは国を動かし,その結果として,私の愛する魚たちにとって住みよい世界になってくれることを望むのである.

益田 玲爾(ますだ れいじ)

フィールド科学教育研究センター 舞鶴水産実験所 准教授
著書に『魚の心をさぐる』(成山堂)がある.
趣味は,ダイビング,テニス,料理,ピアノ.マイブームは,ヨガとマラソンと幕末.
http://www.maizuru.marine.kais.kyoto-u.ac.jp/staff/masuda/masuda.htmlIcon new window