鴨川で24時間観測をしよう! No.3 2010年度

 今出川通りに架かる加茂大橋の上流で、賀茂川と高野川が合流し鴨川となります。ここを行き交う人たちの好奇の眼ざしを受けながら、これら河川の水質を24時間連続で観測するという体力仕事とも言えるポケゼミを開講しています。これに参加した学生が、授業紹介を書いてくれました。興味ある人は是非このゼミを覗いてみてください。

授業の紹介 (農学部資源生物科学科)
 この授業は2008年からスタートしたポケットゼミです。このゼミの目的は文字通り鴨川の1日の水質の変化を測定し、その結果を考察することです。一言で言えばこれで済むのですが、実際の作業では根気と探究心を持つことが大切でした。ここでは2008年のゼミの活動を紹介します。
 メンバーは先生を含めて12人、学部はバラバラでした。理系と文系が混ざっていたので化学の理解度に大きな差がありました。そのことを考慮したうえでの先生の説明は基本的であり、化学の本質的な内容を見事に捉えたものであったので、とても分かりやすくて化学の基礎を再認識することもできました。例えば、pHを説明せよと言われたらどう答えますか?化学を学んだものなら恐らく「溶液中の水素イオン濃度」と言うでしょう。では、その値の算出の仕方は?また、水素イオンとはどのようなものなのか?これらについて先生が解説するだけでなく、私たち生徒が説明することもありました。自分がものごとを学び理解するだけでなく、それをうまく他の人に説明できることが真に理解することなのだと実感しました。
 メインテーマである水質調査を計画するために、まずはどんな項目を調べるのかを考えました。さらに、それらの項目を1人が1つずつ調べて、みんなの前で簡単なプレゼンテーションを行いました。今回の調査で測定したのは14項目。水温、電気伝導度、pH、COD(化学的酸素要求量)、DO(溶存酸素濃度)、ナトリウム、カリウム、マグネシウム、カルシウム、硫酸、塩化物、ケイ素、リン、バナジウムです。測定方法は分析項目ごとに異なります。水温、電気伝導度、DOは河川水に直接機器を浸けて、pH、CODは採取した水をろ過した後に比色法とパックテストによって測定しました。これら以外のものは水を冷蔵庫に保存して、後日研究室にある分析装置を用いて測定しました。
 私たちが調査した場所は3地点。高野川と賀茂川、その2つが合流した鴨川です。この合流地点については、鴨川の両岸の電気伝導度がほぼ等しくなった場所が2つの川の水が混ざったところと考えると、高野川と賀茂川の水がほぼ完全に混合するのは丸太町通以南であることが事前の調査で分かりました。すなわち、鴨川となって約1・3㎞以上流れないと高野川と賀茂川の水は均一には混ざらないということです。これには正直驚きました。水質の違う2つの川はそう簡単には混ざらないということなのですから。
 各項目の説明が終わった後は本番へ向けての計画を立てました。昼の12時から次の日の12時までの24時間を1時間ごとに調査することになりました。調査の準備をちゃんとするにはいくつも考えなければならないことがあります。まず、調査前日に雨が降っていると川が増水していて危険であるとか、食事はどうするのか、夜間の調査はどう進めるのかと障害は様々にありました。調査は前日に雨が降らなかった日とし、夜間はヘッドライトを用いて調査することにしました。1時間に1回の調査と言っても3地点あるうえに、ろ過やパックテストをしなければならなかったので次の測定まで20分程しか休憩する暇がありませんでした。それでも、夜の川では昼間とは全く違った色々な生物が観察できるので、水質調査と並行して鴨川の生物調査も楽しんでいました。
 後日、採取した水を項目別に研究室で分析しました。今回測定した成分のほとんどは、河川に含まれる濃度が低いので、高感度な機器を用いてそれらを正確に測りました。例えばマグネシウム、カルシウムについては原子吸光分析法を、ケイ素、リン酸、バナジウムについては吸光光度法による自動分析法を用いました。前者の方法は測定時間があまりかからない反面、記録計へ濃度の出方にばらつきがあるのでその平均を私達が求めて値を算出しました。後者は測定に時間がかかるもののきれいなグラフが描けるので、値の算出には苦労しませんでした。
 3つの河川で全ての項目について濃度を測定した後は、データをパソコンへ打ち込みグラフ化し、いよいよ考察です。とは言うものの、専門的な知識はなく細かいことを調べる時間も無かったので、得られたデータの大まかな変化を捉え河川や項目ごとに類似性があるか関連性があるかを考察しました。このことについてはあとで詳しく触れます。
 これまでこのポケットゼミの簡単な流れを説明してきました。この授業を通して、大学での研究とはどういうものなのかということ、ゼミの面白さ、フィールドワークをすることの楽しさを知り、知的探究心を持つことの大切さを学びました。僕は、このポケットゼミが一番楽しかった授業でした。皆さんも、大学に入ったばかりで知らないことが多いと思いますが、まずは大学で研究するとはどういうことなのかを知るためにポケットゼミを取ってはどうですか。

観測結果の解析 バナジウムとケイ素の関係 (工学部工業化学科)
 濃度変化のグラフを見て、バナジウムとケイ素、リン酸の動きが非常に似ていることに気がつきました。特にバナジウムとケイ素は岩石に比較的多く含まれているため、これらの関係について考えることにしました。
 バナジウムは岩石に比べて河川には微量しか存在せず、その濃度は生物や人間活動には影響されにくいと考えました。もしそうなら、バナジウム濃度は温度によって変化する水への溶解度と水の流量に関係しているのではないかと思いました。水の流量は、今回測定しなかったので、水温とバナジウム濃度の関係について考えました。
 水温とバナジウム濃度の関係は図1のようになっています。水量との関係もあるので、水温が上がればその分バナジウム濃度が増えるとは言えないでしょうが、これらの値にはやはり何がしかの関係がありそうです。しかし、グラフにしてみて分かったことは、賀茂川と高野川でバナジウム濃度が違うことです。バナジウム濃度には水への溶解度が影響していると予想していたので、2つの河川で同じようなグラフが得られると思っていました。しかし、実際にはバナジウム濃度の変動範囲が全く違うグラフとなりました。
 次に考えたのはバナジウムとケイ素の関係です。こちらも水温の場合と同じように何らかの関係がありそうです(図2)。バナジウムとケイ素の濃度範囲が2つの川で違うのは源流から採水地点までの地質の違いだと思われます。賀茂川は流域に山が多く、高野川は比較的平地を流れています。しかし、なぜ賀茂川でバナジウムの濃度変動が大きいのかはよく分かりませんでした。
 以上、知識が足らないなりに色々と考えてみました。このポケゼミを選んだ当初は、河川水を調べると人間の生活排水や社会活動の影響が現れてくるのではないかと思っていました。しかし、ここでの自分の考えは地質に関係することになりました。グラフを先入観なく見るようにしたからだと思います。またフィールドワークをするだけではなく、得られた結果を考察することによって、今回のフィールドワークで考えの至らなかった点にも思いを寄せることができました。このような経験を将来に生かしていきたいと思います。

観測結果の解析 リンの濃度変化 (農学部資源生物科学科)
 リンの観測結果は図3のようになりました。賀茂川での変化が大きいのに対し、高野川のそれは小さく、これらの河川が合流する鴨川は両者の平均に近い変化を示しました。この結果について考察します。
専門書などによれば、河川のリン濃度の変化の主な原因は、岩石の溶解と生活排水の流入です。岩石の溶解量は河川の流量によって変わります。測定当日は雨が降り、流量に変化が見られましたが、その測定はしていません。リン酸を含む岩石の主体はリン酸カルシウムですから、岩石の溶解でリン濃度に変化があるのなら、リンとカルシウムのモル数比に一定の値が見られるはずです。しかし、両者の比をとると、グラフの変化はリンのものと似ています(図4)。これはリンの変化がカルシウムの変化に対し大きいこと示しています。このことから今回の観測結果には岩石の溶解による影響は小さいと考えられます。
 では、生活排水の影響はどうでしょうか?岩石からのリンの供給はその多くが粒子としてであって、溶解形としての供給は一割ほどでしかありません。一方、生活排水からのリンはそのほとんどが溶解形として供給されます。賀茂川と高野川でグラフの形が大きく異なるのも、生活排水の寄与に違いがあるためと考えられます。しかし、今回の観測では観測地点より上流域に流入する生活排水の量と経路を調べていないため、はっきりとしたことは言えません。
 生活排水による影響を調べるにはこの経路を把握し、流入地点ごとの水質の測定とそこから観測地点までの水の到達時間の測定が今後の課題となるでしょう。また、生活排水が河川に流入するなら、流量にも変化が見られるはずです。したがって、流量変化と濃度変化を考察するアプローチも有効だと考えます。さらに、連日の観測や、季節ごとの観測によって、共通点や違いを発見することが水質変化の原因の究明になると思います。

杉山 雅人(すぎやま まさひと)

岡山県津山市生まれ
地球環境学堂 教授
専門は水圏化学、分析化学
日本、ロシア、モンゴル、中国の湖や河川の比較研究を行っている