古代シルクロード文献学入門-トカラ語の未解読文書にチャレンジしよう! 2010年度

未解読箇所(THT13126):
1~2行にかけてガンジス河の美しい描写が見られる。

■トカラ語とは
 トカラ語は現在の中国新疆ウイグル自治区でかつて使用されていた言語で、系統的にはインド・ヨーロッパ語族に属し、しかも多くの点で西方のケルト語やラテン語との類似性を示す。トカラ語の言語資料は西暦6世紀から8世紀頃にかけて書かれた仏教の経典の翻訳を主とし、それらの文書は20世紀初頭ドイツ、フランス等の国々が派遣した中央アジア探検隊の発掘調査によりもたらされた。その出土地はシルクロード天山北路に沿った東からトルファン、カラシャール、クチャ等のオアシス諸都市で、東トカラ語(トカラ語A)と西トカラ語(トカラ語B)の2つの方言に区別される。トカラ語は早い時期にインド・ヨーロッパ祖語から分離し、西ヨーロッパから中央アジアまで移動したと考えられており、同系の他の諸言語には見られない、しかも古い幾多の言語的特徴を保持している。

■トカラ語の写本
 各国の発掘調査隊によりヨーロッパや日本にもたらされたトカラ語の文書はベルリン写本、パリ写本、レニングラード写本のようにその保管地により命名されているが、中でもベルリン写本は分量においても研究の歴史においても他に類を見ないものである。ベルリン写本の解読を手がけたのはドイツ人のサンスクリット研究者であるSiegおよび弟子のSieglingの二人の学者で、彼らはトカラ語Aの文書を表裏467葉、トカラ語Bの文書を表裏633葉、合計1100葉をローマ字に転写して出版した。現在フランクフルト大学比較言語学科では、TITUS Projektによりインド・ヨーロッパ諸語の電子ファイル化を行い、ネット上に公開しているが、そこではSiegおよび弟子のSieglingの出版したテクストを通し番号で、THT1からTHT633までがトカラ語B、THT634からTHT1100までがトカラ語A、という具合に分類している。TITUSはさらに未解読の文書THT1200からTHT4000までを公開しており、これら未解読文書はその多くが断片であるとはいえ、従来指摘されていない語形や新語が現れており、今後のトカラ語研究の進展に不可欠な資料と言える。さらに、これらの未解読文書からはオアシス都市における従来知られていなかった農耕や祭祀の様子が浮かび上がってくる。

■授業の内容
 すでに解読済のテクストと内容的に同じ種類に属する未解読テクストを対比することにより、後者のテクストの解読を試みる。
 テクストは次のジャンルに分けて解読を行う:
 1. Jātaka(ジャータカ)
 2. Prātimoksha(戒律)
 3. Buddhastotra(讃仏詩)
 4. 実用書
 5. 通商文書
 6. その他

齋藤治之教授

人間・環境学研究科
専門分野:歴史・比較言語学