粘菌の不思議な世界 2015年度

 このポケットゼミでは「粘菌」を通して幅広く生物学に親しむとともに、討論を通して自由で論理的な思考を発展させることを目指しています。これまでの参加者は農学部・理学部・工学部の人がやや多いですが、ほぼ全学部に及びます。

なぜ粘菌?
 粘菌は、南方熊楠や「風の谷のナウシカ」などを通じて日本では比較的有名です。最近では「知性がある」「イグノーベル賞」など話題になることがあるので知っている人も多いでしょう。この粘菌は「真正粘菌(または変形菌)」とよばれます。一方、かれらの親戚筋に「細胞性粘菌」がいます。ふだんはアメーバ状の単細胞生物で肉眼で見えないし、迷路を解くなどといった「芸」もしないので知名度は低いですが、「変わってる」という点では真正粘菌に負けません。まわりのえさを食べ尽くすと多くの細胞が集まって組織を作り、動物のように光や化学物質などに反応しながら動き回る。そして最後にはカビのような胞子と、セルロースでできた細胞壁と大きな液胞をもった、まるで植物細胞のような細胞を生じる。言うなれば、単細胞と多細胞の接点、そして植物と菌類と動物の接点にあるような生き物です。遺伝子の解析から、粘菌はアメーバの仲間に含まれることが知られていますが、細胞の運動や組織を作る機構には、多細胞動物と共通点が多いこともわかってきています。これらの粘菌のどちらにも物理学者や数学者の興味をそそる現象がたくさんあって、そのような観点からの研究が多いのも特徴です。こんなヘンな生き物である粘菌を起点に、生物学の(もしかしたらそれをも越えて)全方向に興味を広げ、広い視野を持つようになろうというのがこのポケットゼミの趣旨です。

何をするの?
 このポケゼミではこれまで以下のようなことをしました。(1)短い英語の論文を輪読し、いくつかのポイントについて皆で意見を出し合い議論する。一字一句おろそかにせずに読む中で科学論文の構成や書き方を知ると同時に、論文というものは(数学などの分野を除いて)ガイドがいれば専門家でなくても批判的に読むことができることがわかるでしょう。また内容を正確に読み取るには、これまでの英文法の勉強が大事であったことを実感するかもしれません。(2)真正粘菌の変形体や細胞性粘菌の細胞の観察。活動している細胞の中でアクチンなどのタンパク質がダイナミックに動き回るところも共焦点顕微鏡を使って見ることができます。(3)細胞性粘菌の採集。理学部植物園で手分けして採取した土のサンプルを実験室で培養し、そこから細胞性粘菌を分離してその形態やDNA塩基配列から種を同定して詳細な分布図を作ったりしています。去年は垂直分布などにもチャレンジしました。(4)参加者がそれぞれ興味を持った問題について調べてきて、それをネタに皆で議論する。これまでその内容は生物学にとどまらず、物理学、工学、科学史、文化人類学に関係するものなど多岐にわたっています。(5)図書室探検。課題について調べるのにインターネットを利用することが多いと思いますが、インターネットで何でもわかるわけではありません。図書室で古い文献を調べると思わぬ発見があったりします。また、大学の図書室にはふつうなかなか目にすることのできない貴重な図書もあります。皆さんもたぶん知っているケンペルやシーボルトの本を間近に見てもらうことも考えています。
 もりだくさんですが、参加者の希望をききながら進めようと思います。

井上 敬

理学研究科・講師
細胞性粘菌の形態形成・細胞分化・種間相互作用などを様々な方法で調べています。
http://cosmos.bot.kyoto-u.ac.jp/csm/index-j.htmlIcon new window