イギリス詩入門 2015年度

<舌の快楽>
 文字に慣れ親しんだ現代人は、言葉というものを、舌を通じてではなく、目を通してのみ理解するという便法に違和感を覚えなくなり、今や、文字は電子信号に変換されて世界を高速で駆け巡る時代となった。しかし、それでもなお、舌の快楽に訴えかけるパフォーマンスが、現代においても頑に存在する?謡、詩吟、音頭取り、応援団の掛け声、アカペラ。頭の理解だけでは覚束ないところがあって、声に出さないでは伝わらない何かが確実に存在する。それをリズムと呼ぼうと何と呼ぼうと、ともかくも、それを隈なく詩という言語芸術に総合し、結晶化させることに生涯をかけた人々がいた。このゼミでは、日本人には外国語である英語において、音にこだわり続けた人々の思いを追体験し、そのことを通じて言葉そのものに対する理解を深めることを第一の目的とする。

<頭ではなく全身で>
 言語内の3つの構成要素(音、文法、意味)の中で、特に、意味の示す表現力は他を圧倒するものがある。効率を求める現代人には、それゆえ、意味さえ分かればそれでよい。しかし、言葉の発揮する表現力は、実は、もっと多様で、繊細かつダイナミックであり、言葉は単に「意味する」に止まらず、語順や響き、余韻や沈黙にすら拘泥し、曖昧と思われるすべてを包含した総体としてそこに「在る」。言葉は、「事(=事実)の端(=瑣末なもの)」などではなく、むしろ、言葉こそが実体であった。「光あれ」と言えば「光が生じた」ように、言葉は現実をそのままに体現する言霊であったのだ。その力を信じている者が詩人と呼ばれる人たちである。それゆえ、その表現を味わうには、頭で意味を理解するだけではなく、全身でその言葉を受け止めなければならない。ともあれ、何度も何度も口にして、舌触りをしっかり確認することが肝要である。さあ、一緒に、音読しよう。

<繰り返しと変奏>
 英詩の表現に特徴的な技法とされるもの?強勢のある音節が強勢のない音節と交互にあらわれることによって生ずるリズム、行(line)による区切り、連(stanza)形式、脚韻(rhyme)、頭韻(alliteration)、子音韻(consonance)、母音韻(assonance)?さまざまな区分けにおける繰り返しと変奏の織りなす絵模様が、音読することによって舌の快楽となって、直覚的に理解される。このゼミでは、直覚的理解をいかに論理的に説明するかを通じて、また、論理において説明された内実を感覚的に実感することを通じて、双方への感性が相乗的に、より鋭敏に研ぎ澄まされていくことを目指す。論理に飽き足りないあなた、人に説明できない独自の感覚をどうにかして人に伝えたいあなた、いっしょに詩を味読しながら、言葉そのものに対する感受性を豊かにすることで、身の回りのできごとや人々の思いがさらに濃やかによくわかる人になり、延いては、その感性を生かして独自の学問を打ち立てる!?そんな冒険の第一歩を、ここから踏み出しませんか。

桂山 康司

人間・環境学研究科、総合人間学部/准教授
専門分野:英文学、英詩研究、英語教育