刑法入門 2007年度

 ニュースなどで報道されている犯罪現象に関心のある人は少なくないでしょう。また、2009年には裁判員制度が導入され、否応なしに刑法にかかわるという人も出てくるかもしれません。刑法とは、犯罪と刑罰に関する法です。刑罰は、自由や財産という人権に対する制約ですから、何を犯罪と呼び、それをどのように処罰するかは、国会の民主的な法律を根拠とし、適正な刑事手続を経て決められなければなりません。しかし、法律と裁判さえあればどんな処罰もできるというわけではありません。ここには守らなければならない一定の基本理念や原則があり、その具体的な内容に関しては、裁判官の間でも結論の分かれる難しい問題が少なくありません。

 まず、国民主権・三権分立の原則から、刑罰法規は裁判所や行政機関ではなく国会の「法律」として定めなければなりません。国は法律を公布して、処罰される行為とされない行為とを事前に人々に告知し、行動の自由を保障します。ある行為がなされた後で新しい法律を作ったり刑を重くしたりして、その法律を前の行為に適用することは許されません(それは国による裏切りにあたります)。また、法律は、処罰範囲を明確に示している必要があります。法律がない場合には、いかに不当な行為であっても処罰できません。刑罰による人権の制約は、どうしても必要な場合にだけ許され、また、処罰は犯罪の重さに見合っていなければなりません。これらの諸原則を「罪刑法定主義」と呼びます。
 次に、犯罪を構成する行為の内容も、いくつかの段階を経て確定されます。AがBを死亡させたとします。Aの行為とBの死亡結果との間に因果関係があれば、Aの行為は原則として違法だといえるでしょう。しかし、これが、Bの突然の襲撃に対抗してやむをえずなされた行為であったときは、正当防衛として違法性が阻却されるかもしれません。違法性が否定されなくても、Aが殺意をもって行動したのか、過失だったのか、あるいは、これが不可抗力による事故でAは無過失だったのかによって、被害は同じでも刑の重さが大きく異なり、場合によっては無罪ということもありえます。Aが心神喪失だったときは、責任無能力で無罪となります。

 このゼミでは、前半の回で、犯罪と刑罰に関するこうした一般原則について学び、後半の回では、「ストーカー」「安楽死」「児童虐待」など、現在、特に問題となっているトピックをいくつかとり上げて、刑罰制度の望ましいあり方について考察します。授業では、毎回の担当者がテキストの内容をまとめて報告を行い、その後、問題点について全員で討論します。また、京都地方裁判所で刑事裁判を傍聴し、裁判官の方々のお話をうかがう企画も実施しています。普段マスメディアや本でしか見聞きしない刑事裁判を、仲間と共に目の前の現実として体験することは、忘れられない印象として残るに違いありません。

山佳奈子教授

法学研究科
専門分野:刑法