英語の鬼 2006年度

著書「英語勉強力」

カルト集団『幸運の青い谷』
 国際交流センターでは、数年前から英語の運用能力をつけるための補講(単位は無いが、センター教員が普通の講義と同じレベルで教えるクラス)を続けています。特に熱心な学生さんたちは、休暇中も集まって英語学習グループを作り、勉強を続けており、僕もこのグループに参加させて頂いていました。正式な講義ではありませんが、既に財界・政界・学界で活躍している卒業生がいるなど、大げさに言えば派閥のような団体に成長しつつあります。
 僕の風貌やネタ好きな性格から、『カルト集団幸運の青い谷』(幸運の青い谷は青谷のあだ名のひとつです)などとも呼ばれ、ちょっとたけし軍団のようになって来ました。因みに団員は「工作員」と呼ばれています。但し、このカルト集団の目的はあくまでも英語の運用能力の向上です。

硬派が集う『英語の鬼』
 この良き伝統を継承するとともに、入学と同時に英語の学習習慣をつけて頂くために、新入生セミナー『英語の鬼』が始まりました。新入生セミナーとして提供することにより、単位が出せるという利点も生まれましたが、もともとは自主的な勉強会ですので、単位は副次的なもので、勉強の機会の提供がこのセミナーの存在理由です。
 英語のような第二言語の習得の研究、とりわけ大人による第二言語習得の研究は、過去10年ほどで長足の進歩を遂げ、語彙習得・構文解析と読解・英作文を中心としたいわゆる学校英語で身に付く力は、ネイティブの運用能力とはまったく違うということが明らかになりました。脳の働きそのものが違うのです。したがって、本セミナーでは最初に大人の英語学習がどういうものであり、実際にどのような学習が効果を上げるのかを説明し、そのフレームワークに則って学習を進めることにしました。
 ただし、実際に集うのは毎週90分だけですので、それだけで英語の運用力が身に付くはずもありません。自学自習が非常に大切で、それなりの覚悟が必要という意味で、恥ずかしいほどベタですが『英語の鬼』というタイトルを付けました。タイトルだけでは不十分だと思ったので、登録の前に面接も義務付けました。「写真家はセッションの前にモデルさんと雑談をします。お互いを知っていた方が、良い写真が撮れるからです。ぼくたちも同じです」と言葉巧みに新入生を研究室におびき寄せ、「これまでの学習法とは完全に違う」「自分でも勉強しなかったら絶対に力は付かない」「休むことはまかりならぬ」とくり返して、ある種の洗脳活動を敢行するためです。定員は30名でしたが、あっという間にそれを大幅に超えて、気が付いたら三桁に迫っていました。最初から学習グループにいた上回生ももちろん出て来るので、大変な大所帯です。これでは収拾がつかないのですが、「来る者は拒まず」主義の僕は窮余の策としてクラスを二つに分けることにしました。一つ目は16時半から18時、二つ目が18時15分から19時45分です。新入生セミナーの受講者は一つ目、英語学習グループの参加者は二つ目が基本ですが、一旦ふたを開けてみると移動を希望する人も多くいました。建前はともかく、結果的には一回生と先輩達の交流が出来て、とても良かったと思っています。それにしても、金曜日の18時15分から19時45分とは、ほんとうに硬派な勉強会だと思いませんか?

口から血を吐くほどやる
 読・書・聴・話の四技能をまんべんなく向上させるのが目的ですが、実際の授業では一人ではやりにくい聴・話が中心になりました。聴解にはノーマルスピードの2/3の速さで読まれているVoice of Americaという放送局の番組を主に使い、話す練習はpair work(二人一組で練習するもの)を中心に行いました。ほとんどの学生さんはノーマルスピードの英語には太刀打ちできないので、ノーマルスピードのディクテーション(学生さんには到底無理なので、僕が黒板でやってみせる)も授業に組み込みました。さらに、目の前にいる生身の人間の英語による語りかけも大切ですので、毎回僕が雑談や経験談を10分以上語りました。講義その物は主に英語で行い、日本語は必要最小限に止めました。宿題も充実しており、リスニングが毎週2時間、30分の課題作文が毎週一つ、そして毎週1万語のリーディングがありました。これくらいやらないと力は付きませんし、1回生のうちならこれくらいの時間は取れるからです。
 日本の大学生はなまくらで有名ですので、きっと欠席者が続出するだろうと思いましたが、予想に反して30名弱しか脱落者は居ませんでした。「口から血を吐くほどやる」「足腰が立たなくなるほどやる」(ともに、「死ぬまでやる」の婉曲表現です。笑)「許さない」がモットーの僕ですので、無断欠席者はどんどん切っていきました。そういう徹底した硬派アプローチが幸いしたようです。居眠りをした学生に僕が怒りを爆発させて講義を途中でやめるなど、色々な事件が有りましたが、70名近くが最後まで講義に出てきたのは、教える側として非常に嬉しく思いました。

AB型が講義で炸裂
学生さんに書いてもらった授業の評価や感想は以下のようでした。

1.英語でなされる英語の授業は初めてだった。
2.英語の勉強法が良く分かった。
3.ディクテーションなどを通して、自分の英語力の無さが良く分かった。
4.勉強の習慣がついた。
5.先生は理系なのに高校の英語の先生よりできるので驚いた。
6.京大の教員は一味違う。
7.しんどかった。
8.厳し過ぎる。

 11回しか授業がありませんから、これだけで英語力が大幅に伸びた人は非常に少ないはずです。しかし、英語を勉強する動機や機会を与える、また英語の勉強方法を教えるという所期の目的が達成されたのは1,2,3,4で良く分かります。特に1で分かるように、英語を多用した英語の授業は多くの学生さん達にとって、斬新でショッキングですらあったようです。5と6は僕についてのコメントですが、5は文献もすべて英語である理系の方が英語が必要だという事実を知らないためのリアクション、6は僕が変わり者だというだけですが、こう言われるのは愉快です。AB型が講義で炸裂していたのでしょうね。いずれにせよ、最後まで付いて来た人達は、各自それなりの物を当セミナーから得たと言ってよいでしょう。しぶとさは大切ですね。
 講義は7月8日で終わりましたが、7月29日には、講義の締めくくりとしてカンフォーラの一部を借り切って夕食会(学生さんは無料)を行いました。試験中にも拘らず、25名が参加し、盛況でした。

人間は英語をしゃべるものである
 最後に、セミナーは前期だけですが、英語の勉強会は一年中やっており、新入生セミナーを取った人たちが何人か参加しています。勉強会のみに参加する事も可能ですので、僕のセミナーを取らなかった人も、覗いてみてください。ただし、週一回の勉強会に参加するだけでなく、自分でその数億倍の努力を重ねなければ英語の運用能力の獲得は到底不可能であるのは、言うまでもありません。今や国際社会では「人間は英語をしゃべるものである」が常識となっています。僕が学生だった30年前には「英語ができればなお良い」と言っていた企業も「英語ができなければ始まらない」とせっぱ詰まって来ました。そんな中、日本を代表する大学のひとつである京都大学の学生さんの危機感の薄さに、僕は強い危機感を感じずにはおれません。
 と言う訳で、「工作員モトム!」

青谷 正妥(あおたに まさたす)

1954年大阪市生まれ。本学理学部卒業後、同大学院在学中に渡米、20年をアメリカで過ごす。本来の専攻は数学だが、英語教育や国際教育でも活躍。スケボー・魚すくい・野球など研究以外の趣味も多い。TOEFL/TOEIC満点で、「平均的京大教員の一億倍、アメリカ人の一億分の一」の英語力。国際交流センター助教授。
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