中世ヨーロッパの社会と文化 2009年度

 現代のヨーロッパ人にとっても中世という時代は、遠い過去の時代ですが、日本人にとってヨーロッパ中世とはどんな意味をもっているのでしょうか。日本の「戦国もの」が繰り返しテレビ・ドラマ化されるように、こんにちのヨーロッパでも「中世もの」が映画や小説、テレビに繰り返し現れます。とくに騎士的なスタイルの戦士が姫君をめぐって争い、英雄的、犠牲的な奉仕を行う再版「騎士物語」は、「スターウォーズ」から無数のゲーム・ソフトにまで時空を越えたストーリーに、繰り返しインスピレーションを与えてきました。たしかに中世文化には現代人を惹きつけるものがあります。しかしNHKの「大河ドラマ」から直接、現代人が困難な状況を生き抜く知恵と教訓を得ようとすることが馬鹿げているように、近代とは異なる中世社会の基本的なしくみを認識しなければ、中世人の価値観、理念、そして行動様式も理解できないのです。
 中世社会では、近・現代ヨーロッパの基礎になる文化の型が形成されると同時に、近・現代ヨーロッパが失った、あるいは克服した制度や慣習が存在しました。このゼミではこのような意味で、現代のヨーロッパ人にとって「遠くて近い」中世社会の様々な事象から、受講者が自分の関心・興味にしたがって課題を見つけ出し、関連文献を読んで発表します。例えば、中世における女性の地位、魔女狩り、神判(神明裁判)、聖人・聖遺物崇敬、イスラームとヨーロッパの交流、刑罰と刑吏(刑の執行者)、ヴァイキングの活動、異端審問など。これらの各々が、近現代ヨーロッパにはなかった中世特有の事象であり、あるいはそうでなくとも近代とは全く異なる相貌を示す制度や事象なのです。発表者と出席者は、ヨーロッパ中世にはなぜそのような事件、事象、文化、慣習が生まれたのか、中世人の立場に身を置いて想像をめぐらし、自由に議論します。そこから中世社会の輪郭がおぼろげに姿を現すことになります。そのようにして、専門的知識に頼らず自身の思考と相互の議論を通じて、ヨーロッパ中世社会、そして近現代ヨーロッパの「生い立ち」=歴史的性格の一端を理解すること、これが本ゼミの目標です。それは高校の受験準備中心の勉強から、自分で問題を設定し、議論、思考する人文学への第一歩なのです。

服部良久教授

文学研究科西洋史学専修
専門分野:ヨーロッパ中世史