進化とは何か? 2009年度

2007年10月15日~20日に開催した国際シンポジウムのポスターで、ポケゼミの学生も数名が参加した。
2007年6月19日撮影、「生命とは何か?」の参加学生、基礎物理学研究所会議室にて

本年度ポケットゼミ「進化とは何か?」を開講するにあたり
 2009年は、チャールズ・ダーウインの生誕200年であるとともに、『種の起源』の出版150年に当たる。今年のテーマとして、「進化とは何か?」を選んだ理由はここにある。本ゼミでは、知識の提供だけを一方的に行うことはしない。重要な点は、知識がいかにすれば構成できるかを自得することにある。学習すべき内容ばかりに気を取られていては、知識の洪水に埋没するばかりである。そうではなく、学習方法に視点を移すことによって、より効率的に学習内容を修得できるとともに、未知の領域にも果敢に挑戦できる可能性が開かれるのである。しかも、こうした転換こそ、進化の本質に他ならないのである。
 単純に、進化を外面的な変容にばかり求めるのではなく、私たち内面の認識過程にも同等の変容を求めることによって、進化の本質に加えて認識、さらには生命の本質をも読み解けることを実感できるよう工夫を凝らしたい。自分で考える力を伸ばしたい、教科書の内容には飽き飽きした、やる気のある雰囲気に浸りたい、そんな欲求に答えるべく、文系・理系を問わずに本ゼミを開設する。
 本ゼミの特徴は、前期にさまざまな話題を提供しながら議論をすすめ、秋には同一テーマで国際会議を開催し、その会議への参加(任意)を通して、学問の本質を実感できることを目指している。授業構成は、以下に挙げた過去2回の内容を参考にしていただきたい。2007年は「生命とは何か?」、2008年は「創造性とは何か?」というテーマであった。受講学生の感想も掲載してある。絶えず、変化のある形態を目指して、他部局の教員による話題提供も随時行いたい。また、学生同士の意見交換、意見発表の場も設け、このセミナーを通して、自己意識の変革を実感できるよう計画したい。

■京都大学2007年度 全学共通セミナー講義ノート「生命とは何か?」
http://ocw.kyoto-u.ac.jp/yukawa-institute-for-theoretical-physics-jp/what-is-lifeIcon new window

■京都大学2008年度 全学共通セミナー講義ノート「創造性とは何か?」
http://ocw.kyoto-u.ac.jp/yukawa-institute-for-theoretical-physics-jp/what-is-the-nature-of-creativityIcon new window

学問は目を曇らせる
 これは江戸時代の哲学者、三浦梅園(みうら ばいえん)の名著『玄語』に主張されている言葉である。みなさんは、その意味が理解できるだろうか。
 確かにみなさんは、環境や世界を十分に認識しているつもりである。しかし、環境のごく一部分しか認識していないという事実を、認識しているとはいえない。学問が発展しても、このジレンマが解消するわけではなく、ますます私たち 自身の不完全な認識が精密化・細分化していくに過ぎない。こうした現実を無視して、既成科学の成果を無批判に受け入れるだけでは、次世代に継承するべき自然や社会の真理・本質を捉えられないばかりか、自然や社会それ自体をも維持できないに違いない。地球温暖化を取り巻く「不都合な真実」は、その典型例の1つに過ぎない。ベルリンの壁崩壊やソ連邦崩壊に象徴されるように、社会主義世界にかわって競争原理に基づく資本主義世界が台頭してきた。ところが、その資本主義世界はいまや地球規模の経済危機に瀕している。歴史学者アーノルド・トインビーが指摘しているとおり、成長する文明がたどる発展過程それ自体が、崩壊の危機を招きかねないのである。目先の出来事に振り回されるのではなく、その根底に潜む基本原理の解明が今こそ期待されている。

本ポケットゼミの目標
 これまでの学校教育のように、既存の客観的な学問体系を一方的に伝えることによって、対象認識を目指すことはしない。そうではなく、1)どのようにして新しい学問体系が構成されていくのかに関して、その醍醐味を各自が主観的に追体験できるようにする。そして、2)この主観的プロセスをいかにすれば、客観的に認識できるようになるか-いわゆる「認識の認識」、すなわちメタ認識-を試みる。それによって、3)どのようにすれば未知なる問題を発見でき、その問題解決に向けた取り組みができるようになるかを学習する。これが「学習方法を学ぶ」ことである。残念ながら、この能力は生まれながらに備わった生得的能力ではなく、後天的に学習しなければ身につかない能力である。そのためにこそ、最高学府で身につけるべき基本的能力といえる。
 メタ認識とは、環境認識の特徴やはたらきを認識することである。その際には、認識には「意識的」認識と「無意識的」認識があることを自覚することが重要である。つまり、メタ認識によって、認識の構えを「意識」および「無意識」の両側面から捉えていくことが重要である。環境や世界の認識とは、そうした認識の構えに応じて創発するものなのである。そのために、唯一絶対の世界認識などは存在しない。環境・世界の在りようは、あらゆる認識の統合によってのみ、近似的に捉えられているに過ぎない。

客観的知識と主観的体験の統合こそ、本当の「知識」
 先に述べた意識と無意識を異なる表現を用いるならば、認識するという方法には2つの側面があると言える。1つは、皆さんもよく熟知している客観的な認識である。これは、見ている対象とは独立に観測者があることを前提としている。その独立性故に、私たちは普遍性について議論できると考えている。自然科学は、こうした客観的な世界観を緻密に体系化してきた学問であることは、言うまでもない。いま1つの方法は、主観的かつ体験的な認識である。対象そのものになりきることによって、その本質を捉えようとする方法である。武術・芸術などでは、書物の客観的知識とは別に、失敗と成功を繰り返すことによって、熟知していくということはよく知られている。
 前者は、西洋的であると言われ、後者は東洋的であると言われる。集合的無意識を発見した心理学者カール・グスタフ・ユングは、前者を外向タイプ、後者を内向タイプと呼んだ。創造的学問を探究するということは、実はこの2つの方法を統合することに他ならない。そして、生命の本質は、両者の循環過程-すなわち、「自己・非自己循環過程」-として、捉えることが可能となる。これは、従来までの、要素還元論による物質への還元だけでは、生物と無生物の根本的相異を捉えることができなかったという反省を踏まえた、相補的なアプローチなのである。
 世界の禅者と言われる鈴木大拙は、客観的知識ばかりではなく主観的体験の必要性を力説した。禅がことごとく論理を嫌うのは、自然は論理だけでは語り尽くせないという現実を体得することにあるからに他ならない。かくいう私も既成の学問体系を単に受動的に学ぶだけでは、その知識の脆弱さ故に、人生を生き抜くに足る「知恵」は身につかないことを痛感した。ポケットゼミを提供するのは、私がどのように、自分の病に気づき、どのように治癒へのゆっくりした歩みをはじめ、どのような学問を創造しようとしているか、具体例を通してみなさんに体得して欲しいからである。実は、病気の発症過程もそして治癒過程も同一原理の異なる展開に過ぎない。その基本原理は、「進化」を導く原理でもある。ユングは言う。人は己を頼りにして生きねばならぬと。頼りにすべき己をいかにして獲得することができるか。私たちに課せられた課題は尽きることはない。

参考文献
■M. Murase “The Dynamics of Cellular Motility” John Wiley & Sons(1992)
http://hdl.handle.net/2433/49123Icon new window
■村瀬雅俊『歴史としての生命-自己・非自己循環理論の構築-』京都大学学術出版会(2000)
http://hdl.handle.net/2433/49765Icon new window
■村瀬 雅俊 「こころの老化としての‘分裂病’-創造性と破壊性の起源と進化-」
『講座・生命 Vol. 5』河合出版 230-268(2001)
http://hdl.handle.net/2433/48889Icon new window
■村瀬 雅俊 「進化ダイナミックスにおける自己・非自己循環原理の探求
-構成的認識の理論と実践-」 国際高等研究所報告書 0820, 241-267 (2008)
http://hdl.handle.net/2433/49154Icon new window
■M. Murase “Endo-exo circulation as a paradigm of life: towards a new synthesis of Eastern philosophy and Western science” In: What is Life? The Next 100 Years of Yukawa’s Dream (eds. Masatoshi Murase and Ichiro Tsuda), Progress of Theoretical Physics Supplement No.173, 1-10 (2008).
http://hdl.handle.net/2433/67886Icon new window

村瀬 雅俊(むらせ まさとし)

基礎物理学研究所 准教授
1957年 金沢市生まれ
専門分野 生命基礎論、メタ生物学