化学の原書に親しもう 2012年度

私が大学に入学した1971年当時は、化学の参考書のほとんどが洋書(普及版)であり、和訳されたものは数少なく、あったとしても高価であったため、岩波書店の「理化学辞典」を英和辞書代わりに、日々が専門用語との格闘であったように記憶している。そんな折、やっと古本屋で見つけ、勢い込んで購入したLinus Pauling著 ”The Nature of The Chemical Bond” であったが、あまりのレベルの高さに、チューターなしでの読破は大学1年目の私には荷が重すぎた。そんな思いをしている学部一回生が今でもいるのではないかとの思いから、ポケット・ゼミを後期に開講することにした。今年で、3年目になるが、毎年熱心な学生が5~8名受講してくれている。40年前に購入した初版本はすでにボロボロになり、今の手持ちは3代目(第2版, 1940年出版)である。学生と一緒に読むたびに、Paulingの化学結合にたいする熱い思いが感ぜられ、改めて現在でも十分通用する名著であるとの思いを強くする。やはり、人を感動させる論文・著書を書かねば真の科学者とは言えない。
 さて、前置きが長くなったが、このゼミは個別指導が目的なので、学生数は8名が限界である。ゼミでは、”The Nature of The Chemical Bond”の全12章のうちの1章を約10回の授業で輪読形式で読み終える。その後、最新のNature誌の科学記事を読む予定である。平成23年度は、“Malaria vaccine results face scrutiny”と”A radical approach to diversity”の二つの記事を読んだ。
 これまで理系の学部生・院生の研究指導をして、彼らの情報にたいする「インプット」と「データ処理」能力の高さを認めるが、いまだ「アウトプット」能力に優れた学生に出会ったためしがない。このゼミを通じて、名著そして格調高い文章に触れて、人を感動させる文章とはいかなるものかを会得してほしい。

田村 類 他

田村 類 (TAMURA, RUI)
総合人間学部 / 人間・環境学研究科 教授 
1953年1月生 
北海道小樽市出身 
専門:有機化学・有機結晶化学・有機磁性物質化学
趣味:芸術鑑賞