ヨーロッパ史入門セミナー 2012年度

ドイツ、トリーア市に残るローマ時代の浴場遺跡

 平成24年度の少人数セミナー(ポケット・ゼミ)の「ヨーロッパ史入門セミナー」を担当する南川です。私は文学部と大学院文学研究科で西洋史学を教えています。専門研究領域は西洋古代史、とくにローマ帝国の歴史ですが、教員としては西洋古代史だけでなく、ヨーロッパ史を広く教える授業も担当しています。
 皆さんはヨーロッパと聞くと、どのようなイメージが浮かびますか。私の若かった頃は、ヨーロッパは遙かに遠い憧れの世界でした。今から30年以上も前、大学院生になってまもなくの頃に私はイギリスを一人旅して、「憧れ」のイメージとは少し違うヨーロッパの現実の一端を見聞しましたが、それでも長い歴史の歩みに支えられた人々の生活や文化には深い感銘を受けました。そして、ヨーロッパは現在でも、日本の社会や文化を考えるための重要な学びの対象であり続けていると思っています。
 ところで、盛んに報道されているように、そのヨーロッパが今、大きく揺れ動いています。ヨーロッパ連合(EU)による統合が進んだ20世紀末とは異なり、経済危機を発端にした動揺がヨーロッパ全域に及び、その中で各国の実情や特性がはっきりと現れるようになってきました。一方で、ヨーロッパ各国は、過激な動きが続く世界の各地に依然として大きな影響力を持っており、ヨーロッパ抜きで世界を理解できないことは明白です。こうしたヨーロッパを深部で理解するためには、その長い歴史の歩みから丁寧に学ぶことが実際は近道です。この授業では、そうした取り組みのための第1歩として、ヨーロッパの歴史の見方、考え方を一緒に学びたいと思います。さらに、「ヨーロッパとは何であるか」だけでなく、その勉強の手段である「歴史学」とはどのようなものであるかも、合わせて知ってもらいたいと思います。
 「歴史学」といえば、過ぎ去った時代のことを細かく調べる学問と考えている人が多いかもしれませんが、そんな単純なものではありません。例えば、私の専門領域に関係しますが、最近『テルマエ・ロマエ』というローマ時代のお風呂を取り上げた漫画がたいへんよく読まれています。私も、勉強のため(?) 既刊4冊を全部読みました。ローマ帝国はテレビ番組や映画にもよく使われます。ローマ帝国史の研究者の中には、映画やアニメなどに見えるローマ帝国像の変遷を分析しながら、それらの描かれた欧米社会の分析をしている者もいます。ローマ帝国は映画やアニメだけではなく、例えば大英帝国のような世界史上に現れた「帝国」のモデルとして、実際の政治の場などでも利用されてきました。ローマ帝国は、古代が終わっても生き続けているのです。歴史学者はこうしたことも研究の大事な課題にしています。この例のように、歴史学という学問は、過ぎた時代の記録を現代に生きる者の眼で調べて過去の姿を描き出すだけではありません。描かれまた記憶されてきた歴史像を調べて、過去がどのように理解されてきたかを考えることも、歴史学の大事な仕事の一つとなっているのです。皆さんが高校教科書で習ってきた世界史の知識は、20世紀後半以降の世界と日本の動きを反映した歴史学界の所産に過ぎません。大学に入った皆さんは、そうした単なる知識の集積としての歴史学を越えて、自らの立ち位置と歩むべき途の指針を与える学問としての歴史学を学んでほしいと思います。歴史学は、とくにその専門家にならなくとも、文理共通に、あらゆる分野の学問に役立つ方法となる学です。
 授業では古代から近現代までのヨーロッパ世界を対象とし、わかりやすい日本語の研究論文などを利用しますので、文理関係なく受講できます。また、テキストを離れて、学界や留学、研究室生活など、私の研究の周辺のお話をする時間も設けたいと思います。ローマのお風呂の遺跡写真やヨーロッパの大学の写真などもご覧に入れましょう。
 なお、私が大学本部の教育担当理事補を兼務していたときに『共通教育通信』に書きました新入生向けのエッセイが、次のサイトにあります。読んでいただければ幸いです。
http://www.z.k.kyoto-u.ac.jp/pdf/link/link0296.pdf

南川高志(みなみかわ・たかし)

文学研究科教授 1955年三重県生まれ
専門分野:西洋史学、とくに古代ローマ史