京都文学散歩 2012年度

 はじめまして、文学部・文学研究科の松村と申します。私の専門は、18世紀以降のドイツ文学ですが、これまでポケット・ゼミの授業では、自分の専門分野から少し離れて、学生の皆さんといっしょに楽しく学ぶことができるようなテーマを選んできました。今から13年前に、初めてこの科目を担当したときには、「ドイツ・オペラへの招待」と題して、モーツァルトの『魔笛』、ヴェーバーの『魔弾の射手』、ヴァーグナーの『タンホイザー』、リヒャルト・シュトラウスの『ばらの騎士』などをビデオで鑑賞し、総合芸術としてのオペラのもつ魅力について、受講者の皆さんと語りあいました。3年前には、「ドイツ映画への招待」というテーマで、『カリガリ博士』から『グッバイ・レーニン』へといたるドイツ映画の名作をDVDで鑑賞し、その背景をなしているドイツの文化と歴史について学びました。
 さて今回は、ついに「ドイツ」からも離れて、「京都文学散歩」というテーマを取り上げることにしたのですが、それには三つばかり理由があります。第一の理由は、京都という土地でしかできない体験を、学生の皆さんと共有したいと思ったことです。日本史の知識が乏しい私には、京都の史跡を案内することはできません。そこで、文学作品をガイドブックにして、京都の町をめぐってみることを思いついたしだいです。
 第二の理由は、ここ数年のあいだに、京都大学出身の作家たちによって、この大学とその周辺を舞台にした作品が数多く書かれ、京都文学の新しいジャンルが誕生したことです。国語教科書でおなじみの森?外や芥川龍之介から、映画化によっても知られている川端康成や三島由紀夫をへて、ポップ・カルチャーの世界とも通じる万城目学や森見登美彦へと、文学のなかの京都のイメージが大きく移り変わってゆくさまを、具体的な作品にそくしてたどってみたいと考えています。
 第三の理由は、まったく個人的なものです。私は、生まれてから4歳までの幼年時代を、寺町二条、梶井基次郎の『檸檬』に出てくる果物屋の真向かいの家で過ごしました。この果物屋は、数年前に惜しまれつつその歴史を閉じましたが、このかいわいには、昔の京都のたたずまいが、今もまだ残っています。若い学生の皆さんといっしょに『檸檬』を読み、寺町通りを歩くことで、私自身にとっても何か新しい発見があるのではないかと期待しています。
 というわけで、このささやかな散歩が、受講者の皆さんにとって、京都大学での学生生活を始めるにあたって、よき道しるべとなってくれることを願っているしだいです。

松村 朋彦(まつむら ともひこ)

文学研究科 教授
1959年 京都生まれ
専門分野 近代ドイツ文学
趣味 散歩