きてみてさわって、有機化学が死ぬほど好き 2012年度

グループに分かれ、指導するする筆者、院生たち

◆授業のテーマと目的:
この授業は、有機化学を基礎から学ぶ1回生に対し、

1.実物にふれ、体を通して納得しながら理解するという実体験を伴う生きた有機化学に触れること
2.知識ではなく有機化学の考え方(ロジック)を学ぶこと
3.みずから主体的に学ぶことの意義とおもしろさを、有機化学の学習を通して実感させること
の3点をテーマとして、有機化学の基礎を確実に身につける機会を提供しています。そのため、少人数ポケットゼミの機動性を生かし、 実物に触れる機会や実験、会社見学など、体験型の学習をふんだんに取り入れ、「有機化学はおもしろい」という原体験を植えつけ、 有機化学に対する強い動機づけを与える一方で、学んだ知識や考え方を確実に身につけるための具体的方法を提案し、勉強したい人は いくらでもできる環境を整えています。この授業を通して、有機化学の基礎を学ぶことはもちろん、有機化学という学問を通して、学生みずからが 主体的に学び、「与えられる知識」から「みずから考え行動する学問」へと発想を転換させることを最大の目的としています。

◆授業のポイント
この授業は、もともと有機化学が好き、というポテンシャルの高い1回生を本格的な有機化学へと導入するためのもので、 その知的興味をさらにかき立て、やる気のある学生を徹底的に伸ばすことを目的にしていますが、単なる有機化学の エキスパートコースではありません。すなわち、この授業のポイントは、有機化学そのものを徹底して学ぶ場を提供するとともに、 1回生に対し、大学でいかに学ぶかを、有機化学を通して実戦的に身につける機会を提供している点にあります。

有機化学を学ぶにあたって最も大切なことは、①知識ではなく、有機化学の考え方(ロジック)を学ぶこと、②実物にふれ、 体を通して納得しながら理解することにより、実体験を伴う生きた学問に触れること、③学んだ知識と考え方を、エクササイズを通じて 確実に身につけること、の3点です。特に、はじめて大学で有機化学を学ぶ1回生にとっては、これまでの受験用の化学にありがちな、 「暗記モノ」から 180 °発想を転換し、個々の現象(知識)のみならず、その背後にある共通の原理、考え方(ロジック)に目を向け、 それを考えることの楽しさ、奥深さに触れる必要があります。そのためには、まず、実際の化学物質を「きて、みて、さわって」、実物に触れ、 納得しながら体で理解することが何より大切です。というのは、実物に触れることにより、「化学はおもしろい」という強い原体験が形成され、 その体験が核となって、さらなる知的興味を呼び覚まし、一見、どんなに難しい(あるいは退屈な)ことがらに出会っても、つねに自分の 原体験と結びつけることにより、その「化学的意味」を見失うことなく、知的興味を維持することができるからです。単なる暗記とは異なり、 実体験と結びついた知識や考え方は、深いレベルで長く記憶にとどまり、自らが新しいものを創り出す段階に達したとき、本当の力を 発揮してくれます。この原体験の有無が、化学に対する学びの姿勢を決めるといっても過言ではありません。しかし一方で、将来、自らが 新しいものを創り出すためには、化学の知識が体に染みこみ、自分の手足のごとく確実に使いこなせる道具とならなければなりません。 そのため、1回生の段階から徹底したエクササイズを必要とします。この授業では、以上述べた3つの点を実践するために、

1.受講生全員が予習をし、テキストを読んで内容を理解していることを前提にして授業を進めました。すなわち、網羅的な内容説明ではなく、 有機化学の基本的な考え方やロジックを説明するのに適したトピックスを各章の中から取り上げ、他の物質や化学現象との関連性を中心に、 物質横断的に(時には章をとびこえて)有機化学の考え方を説明しました。
2.毎回、何らかの形で実際の有機化合物に触れる機会を設け、簡単なデモ実験を通して、各章の内容を具体的に体験する機会を多くとりました。
3.新聞、雑誌の記事から、食の安全と企業倫理、データねつ造と科学的不正(science fraud) など、化学と密接に関係した身近な 社会問題を取り上げ(最近、こういう話題には事欠きません)、化学がまさに我々の生活と直結していることを示す生きた教材としました。
4.有機化学と社会との関わりを具体的に見るため、香料会社の見学を実施しました。
5.エクササイズを奨励し、自学自習のペースメーカーとするため、テキストの章末問題を解いて自主的なレポートとして毎週提出させ、 それを添削しコメントをつけて返却しました。
一方、新入生が大学で学ぶにあたって必要なことは、これまでの「与えられる知識」から、「みずから考え行動する学問」へと発想を 転換することです。そこで、この授業では、①目的意識(自分は何のためにこの授業を取っているか?)、②実績主義(目に見える実績を 個人ごとに問う)、③加点主義(実績をポジティブに評価)の3点をポイントに、授業の主体者は学生自身であること、学問に対して 自己責任を持つことを自覚させ、上をめざしたければ、いくらでも上をめざすことができる環境を提供しました。それを実践するため、

1.募集の段階からシラバスを通して このメッセージを送り、授業前から学生の意識を高める工夫をしました。
2.集まった学生には、授業計画 を配布、授業の目的と方針および計画をきちんと説明のうえ、自分がこの授業を受けるにあたっての覚悟( 自己アピール)を書かせ、 受講する学生の目的意識を明確にさせました。
3.授業への積極的な参加(質問、発言)や自主レポートの提出など、目に見える実績を重視、それをもとに成績を評価(単位を認定) することを、最初の授業時間に伝えました。
4..目に見える実績を加点主義で評価し(減点はしない)、かつ、最後の授業時間に、自分の実績をもとに「 自己評価」を書かせました。
最後に、授業の方法における試みの一つとして、大学院生を積極的に参加させる機会を設けました。すなわち、

1.問題演習の自主レポートの添削を大学院生にお願いしました。
2.実験のアシスタントを大学院生にお願いしました。
3.香料会社の見学と打ち上げコンパに、大学院生ともども一緒に参加しました。
これは、授業者も物理的に助かるし、1回生と大学院生の間で相互に刺激しあって、1回生のみならず、大学院生にとっても きわめて高い教育的効果をもたらすことがわかりました(大学院生のアンケート)。

全体を通じての授業ポイントは、当たり前のことですが、つねに学生とのコミュニケーションを怠らず、旺盛なサービス精神で誠実に 学生と向き合い、わかるまで話し合うことに尽きると言えます。本に書いてあることや、本を読めばわかることは、わざわざ授業で話す必要はなく、 むしろ、人を通してしか伝えられないものを伝えるのが、授業の最大の役割だと思うからです。また、学生を一人前の大人として扱うことも 大切なポイントです。実際の姿はどうであれ、敢えて大人扱いすることで、学生の自覚と自立心が引き出されるからです。

◆過去のポケゼミの活動について
 
 以下のサイトに収録されていますので、参考にしてください。

http://www.highedu.kyoto-u.ac.jp/edunet/DB/019.htmlIcon new window

平竹 潤

化学研究所 生体機能化学研究系
生体触媒化学研究領域 
教授