エントロピー 2013年度

 私が京大生のとき、友人たちとのセミナーはかけがえのないものだった。少し背伸びして本を読むのが楽しみだっただけではない。自分が分かったつもりになったことを喋ると、正しく理解していないことに気付いた。分からないことを伝えようとして、説明しているうちに分かったこともあった。定期試験で高い点数をとる理解と本当の理解の間に絶望的な差があることも学んだ。ときには、早熟な友人の知識量に圧倒され、優秀な友人の鋭い問題解決能力をねたみ、自分を見失うようなこともあった。やがて自分の能力の範囲でできることを懸命にする大事さを悟り、妙な焦りは消えた。これらの営みは講義で得られるものでなく、気がつくと、セミナーが自分の勉強の駆動力になっていた。(講義は、体系的知識を素早く得るのに有効だし、講義者と対決する場として捉えると実に楽しいものである。私が講義を受けているときには有効利用できなかったが、講義をする立場になってそう思う。)
 自分の過去の体験を悦にいって語る年配者に碌なものはいないのを承知の上で、敢えて個人的昔話を紹介した。私は2012年の11月に京大に出戻ってきたが、そのとき真っ先に思い出したのが1,2回生のときのセミナーだった。聞くところによると、最近は、昔ほどセミナーは活発ではないらしい。どんな様子なのかな、ともかく、1,2回生と会ってみよう。せっかくだから、セミナーにしよう。これがこのセミナーを開講しようとした第一の動機である。
 ただし、このセミナーは教科書を読む標準的なセミナーではない。「エントロピー」という考え方を色々な角度から主体的に学ぼうとする。大きな流れは用意されているものの、おそらく脱線しながら、試行錯誤しながらすすんでいく。各々のセミナーで「前回までにでた問いを解き、次の問いを提示する」というサイクルをまわしたい。こんなことができるのだろうか。
 実は、類似の企画として、2008年と2009年に東大の1、2年生を対象にした全学自由ゼミを行った。2008年が「マクロな不可逆性とミクロな可逆性」、2009年が「ゆらぎ」だった。私の力量不足はあったが、参加者の皆さんがうまくやってくれた。「問いを発する人」「問いを解こうと盛り上げる人」「問いを明晰に解決する人」「それでは不満な人」と役者がそろうと楽しい会になる。これらのセミナーの主力メンバーのうち5名は、2012年に私が東大で行った(非常に狭い専門知識に関する)大学院講義に1学期間出席していた。不思議な縁ができるのも楽しい。2010年以降、少し忙しい事情が重なって全学自由ゼミを開講できなかったのが残念だった。「よし、その続きを京都でしよう。」これがこのセミナーを開講するに至った第2の動機である。
 以上のように、このポケゼミに対して私は思い入れを持っている。しかし、うまくいくかどうかは分からない。多分に挑戦的な企画である。この企画にのってくれる人が少しでもいたら嬉しい。

佐々 真一

理学研究科 教授 
1964年3月24日生まれ 
徳島県出身 
専門分野 統計物理
写真は2012年6月。ジリオ島(イタリア)での国際会議で質問中の様子。私の雰囲気が何となく分かる好きな写真である。