映像人類学とその周辺 2014年度

 映像人類学というジャンルが文化人類学に生まれて久しい。映像人類学の中心的な活動となるのは民族誌映画(ethnographic film)の制作である。民族誌映画とは、主として異文化を研究対象とする文化人類学者が作成する映像作品で、異文化の理解を共有するために作成される。それは、衣食住など日常生活を記録したものから、お祭りや飢餓などの特別なできごとを主題としたもの、ひとりの人間の生活に迫ったものなど様々である。映像機器や編集機器が手軽かつ安価になったのを契機に、最近では多くの作品がつくられるようになった。日本文化人類学会の主催する研究大会では毎年映像作品が上映されているし、欧米の専門誌には書評とならんで映像作品のレビューも掲載されている。Visual Anthropologyなど映像作品に特化している学術誌も複数存在する。
 映像社会学やメディア・スタディーズといった分野がなお、既存の映像作品の分析を念頭においていることを考えると、映像人類学における作品制作の動きはきわめて特異にも思われる。
 さて、本ゼミでは、民族誌映画そのものよりも、それに隣接するドキュメンタリーやルポルタージュを取り上げ、異文化理解の可能性を探りたい。しかし、それはたんに、アフリカや南米の奇習を見た!聞いた!驚いた!という過程を毎週繰り返すことではない。そうではなく、映像作品を通じて、異文化の世界で起こっていることをわたしたちの身近な問題に結びつけて考える(想像する)力をつけてほしい。それが、本ゼミの目的である。取り上げる主題は、動物愛護、女性への暴力問題、南北格差等、地域は日本、中東、南アジア、中南米等、様々である。しかし、重要なのは、事実そのものを学習するだけでなく、その事実の解決に向けてどのような可能性があるのかを探ることである。
 ゼミの主人公は発表者である。発表者が発表の準備を通じて、また発表後の質疑応答を通じてなにかを学んでほしい。もちろんそれ以外の参加者もまた発表を通じてなにかを学ぶことになるかもしれないが、もっと重要なのは、発表者がなにかを学べるような質問の仕方を学ぶことだろう。ゼミの作法を学ぶ場としても本ゼミを積極的に活用してほしい。

田中雅一 人文科学研究所/教授 文化人類学・南アジア民族誌・ジェンダー/セクシュアリティ研究 http://www.zinbun.kyoto-u.ac.jp/~shakti/          小池郁子 人文科学研究所/助教 文化人類学、アフリカン・ディアスポラ研究