人文社会科学からアプローチする宇宙 2014年度

山科区にある京都大学花山天文台でのゼミ合宿の風景。

 宇宙の学問といえば天文学や宇宙工学など理工系の学問を思い浮かべる人が多いでしょう。しかしこのゼミではいわゆる人文社会系の学問の切り口から宇宙について考えます。その意義は大きくわけて二つあります。
 一つめは人類の宇宙進出に伴って生じる様々な問題を考えることです。かつて宇宙は限られた先進国の国家プロジェクトとして厳しい選抜と訓練を経た宇宙飛行士だけが行く場所でした。しかし近年は新興国や民間が主導する宇宙開発が進んでいます。また生身の人間が宇宙へ行かずとも、気象衛星、通信放送衛星、GPSなどの人工衛星はもはや我々の社会に欠かすことのできないインフラとなっています。人間の活動が及ぶところには、政治、経済、法律、倫理、文化、宗教など、人文社会系の学問が主な対象とする様々な問題が生じます。
 二つめは、宇宙を通して人間や社会をより深く知るという側面です。物理学が極低温や超高エネルギーといった極限状況を調べることで物質や粒子の知られざる性質を明らかにしてきたように、宇宙という今まで経験したことのない環境へ行くことは、人間とその社会のまだ見ぬ性質を暴きだして、結果としてわれわれ自身が何者であるのかという、自然科学と人文社会学に共通の問いに対して新しい知見を与えてくれるかもしれません。
 このような問題意識を持って、京都大学では、理工系から人文社会系まで分野横断的な宇宙研究を開拓する「宇宙総合学研究ユニット」という組織が2008年にできています。しかし特に人文社会系の宇宙研究に関しては、宇宙法などの限られた分野をのぞいてまだ研究は始まったばかりです。この新しい試みに参加して、一緒に宇宙時代の人類について考えてみませんかというのがこのポケットゼミです。
 ゼミではまず頭の中を耕して幅広く考えるための種をまくために、関係する本を一人一冊ずつ読んで来てその中身を紹介し、無理矢理でよいのでそれが宇宙時代の人類にどういう示唆を与えるかを考えて発表、ということを5,6回繰り返します。平均すると一人当たり2回ほど発表することになると思います。読む本は私の本棚にある本からそれぞれの興味に応じた本を読んでもいいですし、「この本を読みたい」というのがあれば相談の上で購入することもできます。(そのための予算がゼミにはついている!)
 参考までに去年のゼミで読んだ(少なくとも読もうと頑張った)本には以下のようなものがあります。どこが宇宙なのか?と思う本もあると思いますが、そこから宇宙時代の人類について何かを読み取るのがゼミの面白いところです。

● ジャレド・ダイアモンド「銃・病原菌・鉄」
● 梅棹忠夫「文明の生態史観」
● フリーマン・ダイソン「宇宙をかき乱すべきか」
● 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち」
● 内田樹「日本辺境論」
● ロバート・フォワード「竜の卵」
● 鈴木一人「宇宙開発と国際政治」
● ジョン・ロック「統治二論」
● 立花隆「宇宙からの帰還」
● 伊藤邦武「偶然の宇宙」
● 紀平英作「アメリカ史」
● 須川亜紀子「少女と魔法」
● レヴィ=ストロース「レヴィ=ストロース講義」
● 竹宮惠子「地球へ。。。」
● 鈴木健「なめらかな世界とその敵」
● 荒川紘「日本人の宇宙観」

 一通り本を読み終わった後は、テーマを決めて研究をします。昨年度のゼミでは、「火星へ1万人を移住させる計画」を立案するために問題点を洗い出すということをしました。政治や経済の仕組みはどうする?言語は?宗教は?移住する人をどう選抜するか?地球との関係は?宇宙空間や天体の私的所有は認められるべきか?などのことを、既存の制度や歴史上の出来事を適時参照しながら、全員で喧々諤々の議論をしました。
 今年の研究テーマはまだ決めていません。履修生の皆さんの関心も考慮しながら一緒に考えたいと思いますが、例えば科学と宗教の関係、文学やアニメなどのサブカルにおける宇宙開発の描かれ方の変遷、宇宙観光についての調査などが考えられます。もちろんそれ以外のことでも構いません。人類の宇宙進出そのものを考えることももちろんですが、それを通じて、既存のシステムや、価値観、倫理観をもう一度問い直すという大学ならではの知的活動を体験してもらいたいと考えています。

磯部 洋明

京都大学学際融合教育研究推進センター・特任准教授。1977年神奈川県生まれ、主に岡山県育ち。京都大学理学部から同大学院理学研究科に進んで、宇宙物理学、特に太陽の研究で博士号を取りました。今も主な研究分野は宇宙や太陽のプラズマに関する研究ですが、並行して、哲学、人類学、宗教学などの研究者と一緒に、宇宙時代の人類に関する人文社会的なアプローチの研究もしています。また、宇宙や科学とアートや日本の伝統文化のコラボ企画も色々とやっています。興味があればホームページ
http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~isobe/Icon new window
を見て下さい。