海岸生物の生活史 2005年度

学生たちのスケッチ:ウミタルの幼生
学生たちのスケッチ:甲殻類のノ-プリウス幼生
学生たちのスケッチ:ホヤのオタマジャクシの付着にいたる変態過程
学生たちのスケッチ:ワムシ
北浜で漂着物を観察する参加学生たち
瀬戸臨海実験所水族館での解説と観察
実習室前にて参加者全員で参加記念撮影

 全学新入生向けの少人数セミナ-のひとこまとして、「海岸生物の生活史」というタイトルで、2005年5月1日から5日までのGW中に実施した。天候に恵まれ、理学部から2名、農学部5名、医学部から1名の計8名の若々しい男性の参加があった。風光明媚で自然環境の素晴らしい瀬戸臨海実験所の周囲の海岸という現場において、生き生きとした実習を受けるプランを練った。多々有る生物の中でも、地球上で最も多様で多彩な海洋性の無脊椎動物を中心に据え、開館75周年を迎えた日本でも伝統ある実験所水族館の豊富な飼育展示も活用し、もりだくさんのメニュ-とした。
 絶滅群をのぞく現在生息する、いわゆる現生の全動物門(細分して40)を列挙し、いかに海洋において多様性が大きいかを解説し、海こそ生命の母なる故郷であるという基本状況を認識してもらった。そうした多種多彩な実際の生物をじかに見るのは勿論、珍しい分類群の固定標本(シャミセンガイ類、コケムシ類、ギボシムシ類、ホシムシ類・・・)の観察をはじめ、2次元だがビデオや映画、実習室に用意された種々の図鑑類ほか数々の参考書などを調べることなどで海岸生物にできるだけ親しみをもってもらうチャンスを最大にした基礎的な実習だ。
 まずは、終生・一時プランクトンの採集のため、瀬戸臨海実験所研究調査船“ヤンチナIII”に乗り込み、田辺湾の各所でネット曳きをした。あいにくの波やうねりにもめげず、体調によっては気分がすぐれなくなることも我慢して全員で、約30mの海底から海表面までロ-プをたぐりよせ2種類のプラクトンネットでの採集だ。目に見えるクシクラゲが目詰まりをおこしたり、だが、小さな顕微鏡サイズのプラクトンがごまんとはいった。
 このような密集したサンプルは、よく冷やしてラボに持ち帰るのが大事だ。まずは酸素不足で死なないため、さらに互いの摩擦を避け傷つけあったり、死亡しないようにとの配慮からである。各種の個体ごとにプレパラ-トをつくり、立体的にみえる低倍率の顕微鏡と1千倍にも拡大できる顕微鏡を用いて、観察とスケッチをくまなくやる。顕微鏡での拡大により肉眼では見えない細かな精妙な形態的特長が見えてくる。小さなプランクトンだが、いかに精巧なつくりなのか納得できる。各種類の代表的なものは、すべてモニタ-で拡大して説明し、みなでみあいこした。
 本実習は実際の自然の中での毎日がフィ-ルドワ-クからはじまる。実験所が所有する畠島(田辺湾に浮かぶ)や実験所の北浜と南浜(砂浜)、そして番所崎(主に岩礁海岸で白浜半島の先端部)の一周、実験所から徒歩で10分たらずの港(外洋に面する瀬戸漁港)にも出かけ、肉眼で見つけられる生物の形態や生態などを観察した。いずこでも漂着物にも留意し、漂流している独特の生き様をもつ生物(雌雄同体のエボシガイ類)に留意してもらった。色々な生物を現場で見つけられ詳しい解説をしたが、現場では不十分な分を補うため一部の生物は採集してラボに持ち帰った。本実習の基本であるスケッチはこれらの動物もやってもらった。
 磯で手軽に観察できない動物群は水族館で飼育展示している。それらはみなこのあたりで捕獲したものだ。色々な分類群を見て、時間をたっぷりかけ観察・スケッチしてもらった。また、夜と昼の姿が驚くほど違う生物や、行動差や色彩の変化などにも留意してもらった。観客のだれもいなくなったほの暗い“夜の水族館”では、回遊魚の遊泳がゆるやかに変っていたり、砂に潜っておとなしく眠っている魚、体中が黒くなって夜の闇にまみれて眠る魚、夜だからこそにょろにょろ泳ぎだすアナゴ類やウツボ類などの夜行性魚類、光合成できない夜なのですっかりしぼんで小さくなったサンゴイソギンチャクなどなど・・・枚挙にいとまがない。
 実習のまとめと反省会の開催をする前に“海洋生物曲を歌う会”もやった。オリジナル曲♪「ベニクラゲ音頭」(CD販売中、著書も上梓)を披露した。丁度、作曲・編曲者の中北先生が来所されていたので、特別ゲストとして出演して頂き、先生自らの各種機器を使用した生のバンド演奏とともに歌うことができて何よりだった。
 こうした以上のすべての項目は、レポートとして作成してもらった。多様な実習材料を現場・実地実習する有効性はもとより、快適な宿泊設備に加え、少々贅沢にした食事の代金は、両者あわせて1万円以下で、経費負担は軽い。付近のレストランにもGW中の多忙にもかかわらず、暖かいご配慮を頂き有難かった。また、白浜ならではの、日本最古で質のよい温泉で、毎日フィ-ルドへ出かけて生じる疲労なども吹き飛んだ。その他、江戸時代に黒船をみはった番所崎灯台から磯観察に歩いた現場を小高い所から眺めて地形を確認したり、徳川吉宗候以来のご住職が収集されているので有名な貝寺への見学もした。海開きイベント開催の白良浜の白砂を歩いて打ち上げ生物も探した。
このように、機動性あり融通性のきく少人数ならではの交流ができるメリットを十分にいかすようにした。参加学生たちのレポ-トからスケッチや感想を、残念ながら一部しか挙げられないが紹介しよう。
 「姿が奇妙で図鑑にものっておらず、先生もすぐには分からなかったので、何か本物の研究をしているようで興奮した。スケッチもしたそれはウミタルの有尾幼生だ」「ウミウシ類、角が生えているブヨブヨ体。数もたいへん多い。運動能力が低く、美味しそうなのに捕食されることはないのだろうか?味が極端にまずいとか、体のほとんどが水であまり栄養にならないとかきっと何か理由があるはずだ」「夜の水族館でわくわく。大きかったイソギンチャクはしなだれ、カンパチなどがゆっくり泳いでいたり、ベラが砂底に突き刺さったり、タイがしましま模様にかわったり、夜に活発に動くものがいたりなどなど初めての経験で楽しかった」「畠島では湾内特有の漂着物がたくさんあった。大きな二枚貝がごろごろあり、小さめの貝しか拾ったことがなかったので何だか嬉しくなってバケツ一杯になった。イソハマグリという、ここではもう生きていない貝殻もあった。真珠を途中まで作って死んだ真珠貝も見つけた。他の貝に孔をあけるツメタガイ、カタツムリの仲間だとは信じられないカラマツガイなど見ていて飽きなかった。手裏剣みたいなフグのウロコや干からびたフグもあった・・・」「貝寺で見た中で、個人的に好きな形のホネガイは、フタがついている方向とほぼ水平方向やウニのようにトゲを上に向けて外敵からの捕食を避けている。しかし、どの方向に動く時も、トゲや細長い貝殻が抵抗となり運動性能は高くないだろう。」「番所崎をまわった。潮間帯はタフな動物ばかりなのですね。・・・そのような生物間の共通形質を見つけるのも楽しいし、例外を見つけるのも楽しい」「ベニクラゲ音頭の5番目のカラオケVer、すごい!雄大な歌!音楽家ご家族、鍵盤の音を全部覚えていらっしゃるのでしょうか!僕には一生無理そうです」「♪ベニクラゲ音頭はとても気に入りました。ドラマまでやっていたのになぜ今まで存在を知らなかったのだろうか?“♪ベニクラゲ音頭”を普及させて日本全国誰もがベニクラゲの話をするようになればいい」「夕食時に先生の夢を語って頂けました。今、壮大なテ-マに取り組んでいることの先生の誇りを感じ、僕も何か大きなことをしたいなあと、勇気をもらえました」「海洋生物はそれぞれ独特の生活史をもち面白い。日本中に生息するベニクラゲが若返りという普通は考えられないことをすることからも、海には想像できないようなことをする生物のいる可能性が非常に高いと思った」
 フィールドでの授業を経験していない学生も多々いると思われますが、 一度はこのような体験をしておくことをお勧めします。今回のように、ほぼ毎日、フィ-ルドに出かけて行くけれども、南紀白浜は小規模の場所柄なので、体力にそれほどの自信がなくても、おもいきって飛び込んで受講しても大丈夫です。フィ-ルドに出ている時間は、毎日、数時間ほどで、真夏時でもないので、むしろさわやかな自然の中で有意義なひとときとなるでしょう。何よりも、めくるめく海洋生物にじかに触れることの意義は甚大でしょう。

■最終日に教員から参加者へ渡されたメッセージ
 ポケゼミ参加の8名のフレッシュマンたち、実習は如何でしたか?初日の悪天候にもめげず、GW中の参加を歓迎します。皆さんの熱心さで、その後はめきめきと天候が回復し、ヤンチナを使用した5月2日だけは、波が異常に高く、海水も濁っていたけれど、その後の実習は全日天候に恵まれ、穏やかで暖かく、微小生物から肉眼で発見できる生物まで、多様な海産無脊椎動物や魚類などが、色々と観察できたので喜んでいます。「水族館での観察」はGWの混雑の中でしたが、代表として取りあげた刺胞動物門を説明の後、海辺では見られなかった数々の生き物達が飼育展示されている水族館の汽車窓方式の窓越しによく見え、手作りのラベルや解説などを参考におおいに学習できたでしょう。
 このような実習は、お気づきのようにいくら時間があっても足りません。特に、表計算したように、生命の母なる海、”宝の海”には、未知の生物が無数多様に存在するのを納得できたでしょう。動物門は最も細かく分けてもズバリ、40動物門しかありません。150万種が簡潔にまとまっています。次に、それぞれの動物門の綱以下の内訳(種まで)にも今後は注目し、皆さんの前途洋洋たる人生で、これらの地球、いや海球の同朋者について、それぞれの一生、つまり、配偶子から受精卵・幼生・幼体・成体・老齢体など、”生活史”を常に頭におき、彼らの現在・ 過去・未来に思いをよせてやってください。その一方で、「食う食われる関係の食物網」にも思いを巡らせて下さい。
 以上の2点を常に心得ておくこと、これこそ、自称、海球の王者、人間ホモサピエンスの大事な義務でしょう。今後も海洋生物、特に海辺で出会える様々な生き物に個人的に、またサ-クルなど通して、皆さんの人生、めいっぱい親しんでやろう、研究してみようなどという思いが芽生えたならば、この実習を受けて下さった甲斐があったと思います。また、特別な秘密をもつ、”ノ-ビル賞!”をもらえる2大テ-マ、「光合成の人工作製方法の考案」、「ベニクラゲの神秘の若返りのメカニズムとその人類への応用」、きたるべき?!「南海大地震あるいは東海大地震のせめて年代だけでもの予測」など、素晴らしいテ-マの一端を紹介しましたが、海にはもっともっと誰も知らない秘密があるはずです。それを発掘・研究・応用する醍醐味も夢みて下さい。
 特別ゲストの音楽研究家、中北利男先生ご一家も参加され、よりいっそう有意義になりました。ともに歌った海洋生物の歌も素晴らしかったでしょう。最後に、ここでやっている他の実習などにも参加し、この素晴らしい南紀白浜にまた来てください。短い期間ではありましたが、何度も言いますが、寝食をともに実習した同級生の分野内・間のよき交流を続けていって下さい。

久保田 信(くぼた しん)

(フィールド科学教育研究センター・瀬戸臨海実験所助教授 助教授)
1952年、松山市生まれ。
研究分野:系統分類学・博物学。ヒドロ虫類(刺胞動物門)の生活史と系統分類,海洋生物などの博物学的知見の記録,森里海連環学関係。
趣味:水族館・博物館・動植物園・美術館巡り,山歩き,温泉,カラオケ,旅行。
◎大学院生・卒論生・研究生・研修生・ポスドク等を大募集中!!上記の研究や趣味を、できるだけ多く一致させて、ともに楽しく熱心にやって下さる、気心のよい健康な方、お待ちしています。