社会を読む 2005年度

 「テレビやアニメ,歌が好き,雑誌をよく読む,など,この分野が好きな人に参加してほしい。」̶̶このゼミナールの受講者募集のときに掲げた条件だ。高校までなら遊びか趣味としか見られないような事柄が,大学では立派な研究テーマになりうるということを,まず知ってほしい。大学の知の特徴は,自由であるということ。自由な知の対象は何でもいい。切り込み方によって,思わぬ対象から人間や社会の真実が見えてくる。
 社会学専修の教員の担当するこのゼミナールでは,「社会を読む」ことをめざしているが,具体的には大衆文化におけるジェンダー(女性・男性などの性別)の表象されかたを糸口にして,「社会を読む」実践をしている。日本のマンガやアニメ,ドラマなどの世界的人気を反映して,いまや大衆文化研究は日本社会研究の花形だ。
 さて,ゼミは,担当教員の「模範演技」というか,わたし自身が行った戦後女性雑誌の分析から始まった。「主婦の友」「女性自身」「ノンノ」などに登場した女性や男性の画像から,何が読み取れるかという研究である。ジェンダーに注目しつつも,男女の役割や関係ばかりではなく,社会や家族の変化,その時代の国際関係までもが見えてくる。しかし,既婚女性が短パンをはいた80年代の写真を見せながら,戦後主婦像の崩壊を話していたら,参加者は「あまり驚かない」と言う。そうか,この世代にとっては,こういう主婦像も逸脱的とは見えないのだ,つまり主婦像は崩壊ではなく変容しただけかもしれない,と少し考え直した。ゼミでは学生からヒントをもらうことも少なくないのが嬉しい。
 それから,参加者たちの発表が始まった。「新聞に見る構造化された性差別表現」「女性芸人はなぜ少ないのか」「流行歌の歌詞に見るジェンダー」「朝の連続テレビ小説からみる現代家族と社会」「ビジュアル系音楽と自殺系サイト」「エヴァンゲリオンとうる星やつら」「ポピュラー音楽とテクノロジー」等々,さまざまなテーマへの挑戦が続く。
 発表に対しては,たっぷり討論する。「流行歌にも新聞にも,性別によって定型的表現が多用される。」「しかしそれは区別であって,差別ではないのではないか。」「いや,ステレオタイプがあること自体が女性も男性も息苦しくしている。」「女性芸人が少ないのは,笑いと『女らしさ』が同居しにくいせい。」「おもしろい女性,僕は好きだけど。」議論の内容はまだ素朴かもしれないけれど,ここで見つけた問題関心を,さまざまな分野の学問につなげて,4年間かけて深めていったらいい。
 ポケットゼミは,さまざまな学部の学生が混ざって受講するので,日頃なかなか出会えないタイプの学生どうしが,意見を戦わせられるのも面白い。女性も男性も,中国やタイ,イスラエルからの留学生も参加している。大学に入ったばかりの,受験勉強の縛りから解き放たれて,意欲と好奇心に溢れ,発想がやわらかい時期に,ぜひ経験してみてほしい。

落合恵美子教授

文学研究科行動文化学専攻
専門分野:家族社会学,ジェンダー論,歴史社会学,特に近代家族論