「医療事故」を考える 2005年度

小泉昭夫教授
京大病院を見学する受講生

 医療事故は現在国民の関心事であり,2000年に出版された Committee on Quality of Health Care in America Institute of Medicine の 報告では,アメリカでの医療事故による死亡者は交通事故による死亡者を上回ると推計され,損失は総医療費の数%に上ると推定されています。医療以外のhigh-risk 産業,たとえば化学工業,原子力産業,航空産業などにおいては,第二次世界大戦中からシステムの信頼性工学が研究され始め,safety reporting system の確立とその分析をおこなうことによって,安全性を高めてきました。Frontline operators によるインシデントレポートは,事故要因の産業衛生学的観点からの分析を発展させ,組織要因を明らかにし,probabilistic risk assessment による事故防止対策の構築に貢献してきました。私たちは医療においてもこの手法が適用できないかと考え研究してきました。医療が他のhigh-risk 産業と異なるところは,対象が意思を持った人間であり,かつその状態が刻々と変化し,それにつれて業務量も業務内容も変化してくるという点にあります。この点を考慮しつつ インシデントレポートを用いて組織要因を簡便に明らかにするために,human reliability analysisを適用したリスク分析システムを開発し,多くのインシデントレポートを分析した経験を下に,毎回の授業を進めていきます。
 教材には,「TO ERR IS HUMAN Building a Safer Health System (INSTITUTE OF MEDICINE)」,「Managing the Risks of Organizational Accidents (JAMES REASON)」,報道される医療事故,実際のインシデントレポートなどを使用します。医療現場の詳細についての解説を行い,学生の理解を深めていきます。また,実際の現場を見る重要性から,京都大学医学部附属病院の看護部門,薬剤部門の協力を得て,病棟の見学,薬剤部の見学を行ない,医療安全の取り組みを紹介していただきます。さらに近年増加している医療過誤の裁判はどのような経緯で行われるのかを知るために,実際に弁護を担当しておられる法律事務所の見学も取り入れて,弁護士の意見を拝聴し,質疑応答を行う時間も取り入れています。
 全員が意見を出しながら事故の奥に潜む組織要因を考え,対策方法を考えることにより,将来医療業務に従事する学生には,自らも安心して働ける作業環境を作り出して行く一助となり,直接には医療業務に従事しない学生においても,自らの生活周囲のリスクを認知し,安全な社会を構築していく一助となると考えています。

小泉昭夫教授
医学研究科
社会健康医学系専攻環境衛生学
専門分野:産業衛生学,環境衛生学,遺伝疫学

井上佳代子講師
医学研究科
社会健康医学系専攻環境衛生学
専門分野:産業衛生学,環境衛生学,遺伝疫学