絵画の化学 2005年度

■授業のテーマと目的
 イタリア・ルネサンスを代表する巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチは,画家を本業としていましたが,彼が残したノートには,工学,医学,天文学,流体力学,幾何学などの自然科学から音楽に至るまで,多様な分野に対するおびただしい量のアイデアが図解入りで書き記されています。彼の好奇心がおもむくところは一ヶ所に止まることなく,恐らくは自ら工夫した実験を繰り返しながら,森羅万象の謎に迫ろうとした様子を,このノートは活写しています。
 古くから有名・無名の画家たちは自分のイメージを表現するために,最適な画材を選択するとともに独自の表現技法を完成させながら,絵画という芸術世界を創造してきたのでしょう。これらの画家たちは自然を絵画に写し取るために,多かれ少なかれ自然現象を注意深く観察したに違いありません。それは,感性で自然を受け入れる知覚と理性で自然を解き明かそうとする思考力の協同作業であったといえるでしょう。
 このポケットゼミでは,一枚の絵画を前にしてその芸術性を鑑賞するだけでなく,優れた自然の観察者である画家が試行錯誤を繰り返しながら到達した独自の表現技法にも着目し,「化学」あるいはもっと広く「科学」の切口で絵画の技法に迫ろうとしており,簡単な実験も実施しています。

■2005年度「絵画の化学」の講義風景の一部を以下に紹介します。
【ものの形と光がつくる色=構造色の不思議(4月20日)】
 モルフォチョウの輝く翅の色は,翅の表面の微細な構造による光の干渉,回折,散乱に関係しており,コンパクトディスクの鏡面が虹色に見える現象と同じ原理が働いていることを学びました。また,光の三原色と色の三原色の違いを明らかにし,ペーパークロマトグラフィーを用いて水彩マーカーの黒色から赤色,黄色,青色を分離できることを実験で確かめました。
【錯覚の絵画=だまし絵(5月11日)】 
 「平面の正則分割」という独特の作風で知られるM.C.エッシャーを採り上げ,三次元空間の周期的構造を明らかにする結晶学の影響を強く受けた作品群の特徴を学びました。また,錯視現象を利用した「だまし絵」に含まれる基本的なテクニックを紹介し,明暗や色彩の対比,形の配置によって実際とは異なった明るさや色,あるいは形に見える錯視現象を実験で確かめました。
【染め草の化学(6月8日)】
 万葉集の巻一に収められている額田王の有名な和歌「あかねさす紫野行き標野行き野守はみずや君が袖振る」に出てくる幻の野草「ムラサキ」の根から採れる紫根には,漢方薬や紫色の染料として古代より珍重されてきたシコニンが含まれています。今では絶滅の危機に瀕しているムラサキですが,細胞培養によってシコニンが製造されるようになっています。身のまわりの草に含まれる染料について学んだこの日の講義風景が写真撮影されました。

西本清一教授

工学研究科
物質エネルギー化学専攻
専門分野:励起物質化学