失われた言葉の復元 2008年度

■テーマと目的
 言語の起源は人類の誕生とともにあったと考えられるが、文字の歴史は言語の歴史に比べると、はるかに短い。人類の祖先であるホモ・サピエンスがこの地球上に現れたのは、今から30万~20万年も昔のことと推定されている。これに対して、最初の文字の発祥の地であるメソポタミアにおいてシュメール楔形文字が粘土板に刻まれたのは紀元前4千年紀のことにすぎない。この授業では、古代文字とその背後にある言語の組織がどのようにして解読されたのか、および文字がつくられる以前の言語の先史がどのような方法で復元されるのかについて、具体的な事例をあげながら考える。

■解読への挑戦
 未知の文字あるいは失われた言語を解き明かしたいという欲求は、多くの人々の心をとらえ、解読への挑戦はいまなお世界中で続けられている。シャンポリオンがエジプト象形文字を解読した経緯、ローリンソンが岩壁に刻まれた楔形文字を書き写したときのエピソードなどの劇的な話のなかでは、ややもすれば解読者の鋭い直感やむしろ偶然に見つかった鍵ばかりが強調されがちである。しかしながら、未解読文字の研究は体系的に、そして根気強く続けていかねばならない。なぜなら確実に明らかにされた部分を積み重ねていくことによって、はじめて全体像の解明に到達することができるからである。それでは、解読者が用いる科学的な方法とはどのようなものであろうか。

■記録以前の言語の復元
 地球上には多くのさまざまな言語が使われている。言語間の系統関係を決定するためには文献記録が重要な役割を果たすが、文字が発明されるはるか以前に、すでに世界のさまざまな地域に多種多様な民族が拡散していったために、彼らの言語は互いに伝達不可能になった。その結果、それぞれの言語の先史や言語相互の歴史的関係は不明瞭になってしまった。したがって、どれほど古い時代の文献記録であっても、そこに書き残されている言語は変化の結果にすぎず、その文献記録からだけではその言語の先史を復元することは困難である。
 しかしながら、個々の言語が記録される以前の姿や言語間の系統関係を明らかにすることを可能にする科学的な方法がある。ひとつは比較方法とよばれるもので、もし比較方法が確立されていなかったなら、記録以前の言語の先史の復元はほとんど不可能といえるであろう。また比較方法とは別に、先史を部分的に復元するもうひとつの方法として内的再建法がある。これらの2つの言語学的方法がどのようなものか、具体的なデータを分析しながら、考えてみたい。

吉田和彦教授

文学研究科
専門分野:歴史比較言語学