海と気候の科学 2008年度

 「知識の習得」が教育上極めて重要であることは論を待たない。そのため、段階的かつ合理的に知識を学べるよう専門に応じてカリキュラムが組まれ、近年では従前と比較にならないほど、そのお膳立てともいうべき詳しいシラバスが配布されるなど改善された。注意すべきは、「知識を得る(極論すれば暗記する)」ことに慣れすぎると、「知」そのものを探求するのではなく、試験にパスするためだけの知識の獲得(例えば、ネット等の便利な手段を駆使した「知のありか」の安直な探索だけ)に終始し、結果的に本学の建学の精神である「知の創造」の軽視につながりかねない。                  
 このような思いから、入学後の早い段階より教員の研究現場に接し、知識の獲得よりも「知の産出の場面や経緯を科学する」ことに重点をおいた自学自習重視型のポケット・ゼミを引き受けるようになった。専門は海洋物理学で、残念ながら、海を実見したことはあっても、海洋物理とはどんな学問かを知る人は極めて少ない。そもそもマイナーな受験科目である地学(地球科学)を学んだ人すら数少ない。加えて、地学のメジャーな分野である気象学や地震学に比べ、海洋はマイナーな分野である。それなら、逆手にとって、マイナーな海(?)が気候にどれだけ大きな影響を与えているのか、先達が発見した科学を資料等で追体験的にフォローアップし、「ええ?」→「なるほど」という流れで、「科学する」過程を学ぶには好都合ではなかろうかと考えた。意外性があれば授業は印象的になる。
 海洋分野にこの種の題材は結構多い。一例をあげると、モンスーンのような季節変動、それより時間スケールの長いエルニーニョ現象、はては千年万年スケールの長期気候変化に、海洋はとてつもなく大きな影響を与えている。その中から、初心者には意外と思えるテーマを取り上げ、いくつかの事実や法則から一緒に解読作業を行うようにしている。例えば、真水が凍る場合と海水が凍る場合の違いを考えつつ、海水が2000m以深の深層に沈みこむのには、絶対に沈まない海氷の手助けが必要であること、そのような沈み込みは世界でも数か所に限られること、沈み込みによって生じる深層循環が数千年をかけて世界海洋をめぐり、長期の気候の変化や好漁場等を決める一大要因であるという事実を連環的に討論しつつ、海と気候システムの過去の研究を再訪し、先達は何を考え、何に着目したのかという、知の発見の経緯を学び、少しでも探求する技法が身に付くよう志している。なお、外国人研究者の訪問があれば、ポケゼミ現場に同席していただき、経験談や他国の教育事情も話していただくなど、できるだけ通常の授業とは一味異なるようにしている。

淡路敏之教授

理学研究科地球惑星科学専攻
専門分野:海洋物理学