世紀末ウィーン文化入門 2011年度

ゼミ風景

 皆さんの中で、フロイトについて読んだり聞いたりしたことがあるという人は少なくないことでしょう。また、展覧会や画集でクリムトの絵を見て好きになったという人もいるかもしれません。あるいは、マーラーの交響曲を聴いて感動したことがあるという人もいるかと思います。今ここに名を挙げた人たちは、19世紀の末から20世紀にかけて、ある同じ都市で活躍しました。その都市というのは、ウィーンです。この時期のウィーンの文化は、今では「世紀末ウィーン文化」と呼ばれ知られています。古い歴史を誇るウィーンでは、時代ごとにそれぞれ、ことに音楽をはじめとして、文化上の盛んな活動が行われました。しかし「世紀末ウィーン」と呼ばれる時期ほどに、文化のさまざまな分野にわたって国際的にも注目される業績が生み出された時期はありませんでした。しかもそれぞれの分野は孤立しておらず、分野を超えた相互の関係も緊密でした。芸術作品や学術的著作の中には、その後の世界の文化動向にも大きな影響を与えたものも見られます。したがって、この「世紀末ウィーン文化」については、現在、ウィーンを首都とするオーストリア本国だけではなく、アメリカや日本など各国で研究が盛んに続けられています。

 オーストリアではドイツ語が使われています。ドイツ以外でドイツ語が使われている国や地域は、この他にもあります。このようなドイツ語圏の文学や言語や文化を学べる場として、京都大学には文学部にドイツ語学ドイツ文学専修が置かれており、私はその専修で教授として教育や研究に携わっています。授業や論文の指導においては、ドイツ語圏の文学に幅広く関わっていますが、一番専門とする研究領域は、世紀末ウィーンの文学です。なかでもバールやホフマンスタールやシュニッツラーの作品を主な研究対象としています。それに加え、これらの文学者たちは同時代のウィーンの美術や音楽や思想などと深い関わりがあったということもあり、この時期のウィーンの文化全般および当時の社会状況に関しても、強い関心を寄せています。

 平成23年度に担当する「世紀末ウィーン文化入門」と題するポケット・ゼミでは、将来どの学問を学ぶにあたっても基礎となる、文献や資料の探し方の基本をまず手ほどきします。それと共に、ビデオなども用いて「世紀末ウィーン文化」の概略を紹介し、基礎的な知識を得てもらいます。次いで、最近私が著した『世紀末ウィーン文化探究――「異」への関わり』という書物の内容について、できるだけわかりやすく解説しようと思います。フロイトやマーラーをはじめ実に多くのユダヤ系の人々が活躍した基盤としての社会的状況、ならびに彼らユダヤ系の知識人が抱えていた西欧文明への同化の問題について理解を深めてもらうことにします。さらに、クリムトらの画家やバールらの文学者に見られる日本文化への関心の様子を紹介し、その基にある西洋近代文明への批判的意識についても議論することにします。その後、各回それぞれ一人の受講者に、次に挙げるうちで最も興味を引かれる人物について、自ら作成した参考資料を使って報告をしてもらいます。資料の作成にあたっては私の方で助言をします。報告の後、質疑応答も行い、受講者全員の共通理解を深めることにします。取り扱う対象の候補として予定しているのは、文学者のホフマンスタール、シュニッツラー、ムージル、ツヴァイク、音楽家のマーラー、R・シュトラウス、シェーンベルク、画家のクリムト、シーレ、建築家のO・ヴァーグナー、ロース、思想家のマッハ、ヴィトゲンシュタインです。

 これまで私はポケット・ゼミを二度担当しました。前回は「西洋文学への招待」と題して、岩波文庫に収められた翻訳を通して西洋の文学に親しんでもらう授業をしました。前々回は「世紀末ウィーンへの旅」と題して授業を進めました。今回のテーマ設定は、前々回とほぼ同じです。ただし授業の進め方に関してはかなり異なるところもあります。ポケット・ゼミについては、前回、前々回共に、大変良い思い出が残っています。私にとって京都大学で授業を担当する最後の年にあたり、受講生の皆さんと共に「世紀末ウィーン文化」への理解を深める楽しく有意義な時を分かち合い、良い思い出をさらに積み重ねることができればと願っています。

西村 雅樹

文学研究科、教授