物質精製論-エントロピーに逆らってわける 2011年度

【授業内容】
 物質を「わける」ことは,化学あるいは他の工業においては原料中の目的成分の精製や含まれる不純物の除去,製品中の不純物の除去に必要な技術です。半導体工業で使用されるきわめて純度の高い超純水の製造やクリーンルームにおいても微量の不純物の除去が大きな役割を果たしています。さらに,排ガスや廃液処理に見られるように環境保全の面からも重要です。

 ほとんどの物質は混在した形で存在します。これを「わけて」利用しやすい形にするのが物質精製です。言い換えれば,自然界の法則であるエントロピーに逆らって「わける」ことになります。物質を「わける」ことは自然にわかれない原料にエネルギーや材料(分離材といいます)を加えて濃度変化を誘発する因子(分離機能因子)を発現させ,組成が異なる2種類以上の製品に分けることを意味します。

 本ポケットゼミでは,まずエントロピーを理解するために熱力学の第一法則と第二法則をわかり易く説明したいと思います。次に実例をあげて物質を「わける」こと(物質精製)の重要さを指摘します。混合物から目的成分を分離するには,物質の様々な特性の差を利用することが考えられます。例えば,2成分液体混合物において成分 A の蒸気圧が成分 B より大きいとすれば,温度を上げると成分 A が成分Bよりも蒸気になりやすいことになります。この蒸気を凝縮すれば,成分 A の濃度が高い液体が得られます。また,2成分ガスにおいて成分 A が成分 B より液体に溶解しやすいとすれば,成分 A を選択的に液体に吸収できます。物質には,蒸気圧,溶解度,吸着性,分配,膜透過性,浸透圧,大きさ,密度,電荷,分子量など様々な性質があり,これらの特性の差を物質分離に利用できることになります。このようにエントロピーに逆らって「わける」しくみを理解することが大切です。さらに,物質を「わける」ための材料として吸着材を取り上げ,市販されている材料の特徴と利用分野を説明し,材料形状と構造を制御する方法を紹介します。応用例として,排ガスからの炭酸ガスの分離回収と地中固定,宇宙ステーションでの空気と水の浄化を取り上げ,授業内容の理解を深めます。また,授業内容に関連した課題について受講者が自主的に調査・発表し,全員で自由討論する機会を設けます。

【教員からのメッセージ】
 ほとんどの物質は混在した形で存在します。これを「わけて」利用しやすい形にするのが物質精製です。本ポケットゼミでは,熱力学第二法則を理解し,自然界の法則であるエントロピーに逆らって「わける」ことを考えたいと思います。また,物質の分離精製の実例を通して,現存の技術の現状と問題点を指摘したいと思いますので,受講者が大学での研究の重要性を理解していただければ幸いです。また,自由討論を通じて受講者のプレゼン力を涵養できればと考えています。担当教員は,工学部工業化学科に所属していますが,これまで5年間の受講者の所属別割合を図に示します。割合は,工学部工業化学科(36%),工業化学科以外の工学部(24%),理学部(24%),医学部(8%),薬学部(8%)です。他の学部からの受講ももちろん歓迎します。

田門 肇

工学研究科化学工学専攻、教授
1952年生まれ
出身地:京都市
専門分野:化学工学