固体の化学 2011年度

 固体状態の物質には興味深い構造や性質を示すものが数多く存在する。たとえば、金や銀のような金属は延性や展性に富み、力を加えることで非常に薄い膜にまで引き延ばすことができるが、食器などに使われる陶磁器やガラスのような固体は脆い。反面、ガラスは加熱すると軟化するため繊維状に引き延ばすことが可能で、このようにして作製されたガラスファイバーはしなやかさをもつ。二酸化ケイ素(シリカ)を主成分とするガラスファイバーは光通信用の材料として光技術に欠かせないものとなっている。これはシリカガラスが広い波長範囲で透明であることに基づくが、対照的に前述の金属は可視光を通さないため不透明に見え、独特の光沢を呈する。また、金や銀はよく電気を通すが、陶磁器の類はおおむね絶縁体である。プラスチックもたいていのものは電気を通さないが、中にはポリアセチレンのような電気伝導率の高いものもある。電気伝導率が金属と絶縁体の中間にあるケイ素などの半導体は、ダイオードやトランジスタなどエレクトロニクスの主要なデバイスに不可欠な物質であり、我々の社会生活を支える重要な固体物質の一つとなっている。電気伝導の観点からは酸化物はきわめて多様な振舞いを示し、絶縁体ばかりではなく、半導体となるものや、金属伝導を示すものから超伝導体となるものまで存在する。このほか、同じ金属でも金や銅は磁石にほとんど反応しないが、鉄やコバルトは磁石に容易に引き付けられる性質をもつ。

 固体におけるこのような性質の相異は、固体中での原子や分子の配列の仕方、化学結合、電子の挙動の違いによって説明することができる。この性質の多様性が固体物質の最も面白い点の一つである。同時に、日常生活のさまざまな場面で固体物質が実用的に活かされる所以でもある。それぞれの固体物質の構造や性質に見られる個性は、とりもなおさず、周期表を占める100種類以上の元素が示す性質の多様性とそれらの組合せの豊富さ、多種類の原子間に形成される化学結合の特徴などによってもたらされるものである。固体の構造、反応、物性を明らかにして、それぞれの固体物質の個性を最大限に引き出す学問分野が固体化学であるといえる。

 本少人数セミナーでは、固体の合成、構造、物性にかかわる化学を、基礎的な概念の理解、エポックメーキングな最新の話題についての議論、実験や実習といった観点から学ぶことを目的としている。具体的な授業の項目は、固体の反応と合成、結晶構造、結晶と非晶質、構造解析、固体の電気伝導、超伝導体、磁性体、固体における光吸収と発光、蛍光体とレーザーなどであるが、受講生の興味に基づいて、随時、変更する予定である。また、必要に応じて、熱力学や量子化学のような物理化学の基礎、あるいは固体物理学の初歩についても説明を行う。受講生には、話題提供と議論、演習や実習などへの積極的な参加を大いに期待したい。

田中 勝久

工学研究科 材料化学専攻、教授
1961年生まれ
出身地:大阪府
専門分野:無機固体化学、無機材料化学