チンパンジー学集中実習 2011年度

チンパンジーたちの実験の様子と、チンパンジーになって実験を体験するポケゼミ生(2010年ポケゼミより)
夕食準備の一コマ(2010年ポケゼミより)

 『チンパンジー学習中実習』は、京都大学がポケットゼミを始めた1998年(平成10年)から続いている息の長いポケゼミです。シラバスにも書かれているように、毎年8月の暑い盛りに、愛知県犬山市にある霊長類研究所に1週間泊り込んで実習を行います。実習の中身はと言うと、チンパンジーの認知機能の実験研究の現場に参加すること、これがすべてです。参加学生たちは、初日にメモ帳とボールペンを渡されます。私たち研究者の後ろに「金魚のフン」のようにひっついて動き回り、チンパンジーでの実験の様子をつぶさに観察します。そして、そこで見聞したこと、考えたことを仔細もらさずメモ帳に書き留めていきます。時には、実験の準備や片付けの手伝いにも参加してもらいます。そのような「参与観察」を通じて、チンパンジーという「進化の隣人」を深く知ってもらうことが第一の目的です。もうひとつの目的は「人間観察」、つまり、そうした日々の実地の体験を通して「研究」という営為を理解してもらうことにあります。

 参加人数は例年5-6名。彼らは研究所の敷地内にある宿泊施設に寝泊まりし、私たちと同じように朝の9時から夕方の4時まで、チンパンジーの実験に参加します。その合間を縫って、実際にチンパンジーが行っている認知課題の被験者にもなってもらったりもします。実際にチンパンジーになってもらうわけです。その後、毎日1時間程度教員や研究員、大学院生などによる「比較認知科学」、「チンパンジー学」のレクチャーを聴講した後、夕食を自炊します。本実習では食事は自炊が原則です。初日の夕食は、毎年、「むむむむ」といった味・見た目のものが出てくるのですが、最終日になるとそれなりにおいしいものが食卓に並びます。毎年、学生たちの学習能力には驚かされるばかりです。

 このような、非常にユニークなシステムは、すべて、このポケゼミを始めた松沢哲郎霊長類研究所所長の発案によるものです。はじめのうちは松沢が主導して、研究所の思考言語分野の教員である友永雅己と田中正之(現野生動物研究センター)らによって進められてきました。現在は、友永が主導して松沢、林美里らによって進められています。

 本ポケゼミの特徴の一つに、OB/OGの多くが大学院に進学し、研究者の道に進んでいることが挙げられるでしょう。2010年度に4年生だった10期生5名のうち4名が京大の大学院に進学しました。うち1名は思考言語分野に入学してチンパンジーの研究を行う予定です。その一つ上の学年の9期生も6名中5名が大学院生になっています。また、現在思考言語分野の助教の林美里は本ポケゼミ1期生、本研究所のボノボ寄付研究部門特定助教の山本真也も3期生、と実際に研究者として羽ばたいていったものも何人かいます。そのような志の高い学生がポケゼミを志望してくるのか、本ポケゼミに参加した結果、自分の将来を決めたのかは定かではありませんが、学生たちの未来の選択にこのポケゼミが少なからずお役にたっているのであればそれはわたしたち教員にとっても望外の喜びです。

 たった1週間のポケゼミですが、その後も、さまざまな行事があるたびに、声をかけて参加してもらったりもしています。希望者には2年生以降に「ポケゼミ延長戦」と称して、再度研究所で実習をするということもしています。インターンシップとして夏休みなどに滞在してさらに研鑽を積んだり、卒業研究を犬山のチンパンジーで行った学生もいます。さらに昨年度は、野生の霊長類を実際にこの目で見ることを目的としてOB/OGたちとマレーシア・ボルネオ島ダナムバレー保護区の野生オランウータンの観察にも出かけました。

 チンパンジー学、比較認知科学とは、チンパンジーという進化の隣人の「こころ」の理解を通じて「人間とは何か」という深遠な問いに迫る学問です。意欲ある学生の参加を今年も楽しみにしています。

友永雅己

霊長類研究所 思考言語分野、准教授 
1964年大阪生まれ
専門分野は、比較認知科学、霊長類学です。おもにチンパンジーの視覚認知機能の研究をしています。