医学、医薬ビジネスや政策のための統計学 2015年度

 統計学は、データに関わる様々な問題を、確率変数を用いて数学的に定式化し、解決する学問です。医療の向上のみならず、医学、医薬ビジネスや政策の様々な分野でデータはますます重要になっていますが、それは統計学へのニーズの高まりを意味します。以下に2つの応用領域を示します。

1) 臨床試験
 医薬品を実用化するには、薬を化合物として発見するだけでなく、人間を対象とした臨床試験を通じて有効性と安全性を調べなければなりません。世界初の抗生物質ペニシリンは、1929年にアオカビから発見されましたが、実用化は20年後の第二次世界大戦頃のことです。更なる研究により大量生産が可能になり、1941年にオックスフォード大学で行われた臨床試験で有効性が示され、ようやく戦時中の多くの感染症患者の命を救うことになったのです(ちなみにノーベル医学生理学賞受賞は1945年)。
 最近の医薬ビジネスでも臨床試験は欠かせませんが、感染症以外の多くの疾患は、病因が明らかな「決定論」でなく「確率論」という特徴を持ちます。80年代以降、がんや高血圧などの慢性疾患の治療開発のために臨床試験がなされるようになり、確率的な誤差に対処するため、ランダム化や仮説検定といった様々な「統計手法」が導入されました。2000年代以降の統計手法として、国際共同試験の症例数設計、個別化医療のための試験デザイン、費用対効果とQOL、欠測データ解析が挙げられます。このような事情から、製薬メーカーでは臨床試験に携わる統計専門家を雇用することが一般的です。

2) 栄養疫学
 日本の将来に視点を移すと、認知症、2型糖尿病、骨粗鬆症といった加齢性疾患の予防が極めて重要になります。医学者・栄養学者は、人間集団を観察し、統計学を活用することで、過去には、白米中心の軍隊食と脚気、塩分摂取と高血圧、ビタミンD摂取と骨折などの関連を明らかにし、いくつかの疾患では予防手段を確立してきました。人間集団は実験環境のように研究者がコントロールできるものではないため、栄養疫学と呼ばれるこの分野では、データに(臨床試験とは異なる性質の)大きな誤差が生じます。予防医療のためにも統計学が重要というわけです。

 いま医療、医薬産業や政策において最も求職のある人材は、医療系データの解析や臨床研究の立案や支援に関わる生物統計学の専門家です。本ポケットゼミでは、本学において数学を得意とする学生達を対象として、将来のキャリアパスも鑑みて、社会健康医学系専攻の教員による講義と実習を通じて応用分野としてどのような臨床研究が行われており、どのように医療の向上やビジネス、政策に結びついているのかを学びます。

川上 浩司 他

****** 各教員プロフィール ******
川上 浩司 教授
(医学研究科社会健康医学系専攻)専門分野:薬剤疫学
福原 俊一 教授
(医学研究科社会健康医学系専攻)専門分野:医療疫学
中山 健夫 教授
(医学研究科社会健康医学系専攻)専門分野:健康情報学
田中 司朗 講師
(医学研究科社会健康医学系専攻)専門分野:生物統計学、疫学

※写真は田中講師