化学と初等数学 2015年度

 大学で学ぶ理系科目は,高校の科目の延長として受け入れやすいものありますが,まったく新しい概念を伴った理解の難しいものもあり,量子力学や熱力学はその典型です.また,すでに高等学校で学んだはずの数学でも,大学ではより本質的な理解によって数学以外の分野で大いに活用されることがあります.

 一方,化学という分野は高等学校までのイメージでは,理論化学分野でも登場する数式は簡単なものばかりで,数学との距離は遠いものとして認識しておられる方が多いと思います.しかし,分子構造や集合構造を決めるには分光学という物理的手段を利用し,そこには数学の基礎が大活躍します.このポケゼミでは,一見遠いものに見える化学と数学の接点を紹介し,化学から見ることで数学の本質が非常にわかりやすく見えることをお話しします.
 数学の精緻な論理を丹念に追っても,結局,どういう「話」だったのか理解できなかった,ということはよくあることです.たとえば,線形代数の固有値・固有ベクトルが良い例です.定理の証明や計算方法の習得に振り回されて,結局「行列とは何か?」という本質は見えぬまま終わってしまうこともあるでしょう.固有ベクトルや固有値について本質的な「意味」をすぐにイメージして説明できる学生さんは少ないと思います.
 線形代数は,実は化学に非常にかつ直接的に役立ちます.むしろ数学なしの物理化学や分析化学はあり得ません.高校の化学までには出てこなかった「スペクトル」というものの考え方を通じて,ごく自然に線形代数の極意が理解できます.ここで出てくる考え方は,量子化学や群論などとも結びつき,その後の大学での学習の下支えとなると思います.

 化学の視点から見た数学や物理の考え方に触れて,高校生時代の観念からスムーズに大学の理学に橋渡しできればと思います.

長谷川 健