生循環学:思想と科学の融合 2015年度

【授業内容と目的】
 現在の生命科学の進歩には目覚ましいものがあります。しかし、生命がもっていた神秘のベールがはぎとられていく中で、我々が生命に対して抱いていた畏怖の念は相対的に低下していないでしょうか? 私たちは成長のためだけに科学を促進してきたのでしょうか? 現在、日本だけではなく世界中の大学で行われている生命科学研究は、経済主義(その研究は儲かるのか)や機能主義(その研究は役に立つのか)の影響にさらされています。そのような中、生命の起源とは何か、人類の幸せとは何か、という本質的な問題に私たちは真摯に向き合っているのでしょうか?
 かつて人々の生命観は、生命それ自体の起源や仕組みにとどまらず、宇宙の構造や世界と人間との関係性、それを踏まえた上で探求される人間のあるべき姿や真の幸福、といった問題と密接に結びついていました。さらには、社会秩序の維持という局面においても重要な働きをなし、国家・社会運営のあり方、法律や経済などにも影響を及ぼしていました。今の生命理解からすれば「非科学的」ではあるにせよ、はるかに包括的だったと言えます。ひるがえって、今の生命観は、個人の利己的「幸福」を越えて、たとえば、人口爆発の問題、食糧危機の問題、命の価値、人権の問題、などに想いを致すものでしょうか? これらの問題から切り離されたかたちでの「科学的」認識は、危険をはらむものではないでしょうか? 前近代的思考の深みと広がりへの眼差しは、このことに反省を促し、生命観の再構築を要請するものと言えるでしょう。そして、おそらく、その要請への応答は、人文・社会科学諸分野による「いのち」の多角的探求と、生命科学の最先端の研究とが結び付くことで、はじめてその可能性が開かれると考えられます。
 本講義では、このような問題意識のもと、生命科学と人文・社会科学の研究者が出会い、現在の直線的な生命観ではなく、「循環する生命」という考えに根差した新しい学問を構築していくための議論を進めていきます。文系・理系両方の学生の参加を歓迎します。

【到達目標】
・生命科学研究の現状や課題について理解する
・新しい学問を構築する際に必要とされる哲学や理念の重要性を理解する
・自分で問題を定義し、ディスカッションする能力を養う
・異分野間の協同のむずかしさと面白さを理解する

【教員からのメッセージ】
 われわれ「生循環学」グループは、2014年5月、京都大学白眉センターにて産声を上げました。以来、ほぼ毎週長時間に及ぶ議論を展開し、数々の苦難を乗り越えた末、2014年度「学際研究着想コンテスト」で優秀賞を受賞しました。
 その後一部メンバーの異動・転出に直面しながらも、以前の結束力を失うことなく、「生命(LIFE)」、そして我々研究者自身の「生活(LIFE)」について分野を超えた議論を継続しています。「生命とは何か」という本質的な問題について、異分野の研究者を巻き込みながら教員自らが真剣に議論をする光景は、まさに京大ならではと言えるでしょう。参加される皆さんには、新しい学問を構築する際に必要とされる哲学や理念の重要性を理解し、自ら問題を定義しディスカッションすることのむずかしさと面白さを実感してもらいたいと考えています。

齊藤 博英 他

****** 各教員プロフィール ******
齊藤 博英【iPS細胞研究所/教授】
専門分野:生命工学

西村 周浩【白眉センター/特定助教】
専門分野:言語学

中西 竜也【白眉センター/特定助教】
専門分野:東洋史