ブラックボックスを開けよう 2004年度

授業風景-黙々とブラックボックスを開けている
ゲームマシンも中身はパソコン
余った携帯電話は簡単に集まる
湿度の高い梅雨の季節は巨大シャボン玉づくりに最適
自作ピンホールカメラによる風景写真

 3年前から、新入生向け少人数セミナー(ポケット・ゼミ)「ブラックボックスを開けよう」を担当している。テーマを設定した動機や、この3年間の顛末を紹介しよう。若者の理科ばなれ傾向が指摘されるようになってから、すでに十数年が経過している。各方面で試みられているさまざまな対応策も決定打が見出せないまま、さらに包括的な学力低下の問題にも対処しなければならない事態に立ち至っている。周囲の学生を観察してみても、工学部志望であるにもかかわらず、ものづくりの体験が圧倒的に不足していることが多い。経験があったとしても、中学の技術科で工作キットを作るといった受動的な体験に留まっており、進んで何かを作ってみようという意欲が希薄である。
 ものづくり体験の不足は、技術やそれを支える科学に対する無関心と深く結びついている。今回ポケット・ゼミを担当するに当たって、このような理科ばなれの実情を学生と一緒に議論したり、考えたりできるようなテーマを設定したいと考えた。理科ばなれの原因の一つとして、身の回りの道具たちの多くがブラックボックス化されてしまったことが挙げられる。ボタンを押すだけで、必要な仕事を黙々と行うのは、装置としての理想形ではあるが、それを可能にしている物理法則や技術上の工夫が完全に隠蔽されてしまっており、内部への関心や接触を拒絶しているようにも見える。ファインマンの自伝「ご冗談でしょう、ファインマンさん」は、彼のラジオ少年としての活躍のエピソードから始められているが、ブラックボックス化する前のラジオが、多くの理系を志す若者の夢を育んでいたことを雄弁に物語っている。
 このような考えから、テーマ名を「ブラックボックスを開けよう」とし、シラバスには、「われわれは、ボタンを押しただけで、あるいは勝手に動くブラックボックス達に囲まれて生活している。ここでは、身近にある、気になる箱を徹底的にバラして中をのぞいてみよう。」と目的を掲げて、ポケット・ゼミを開講することにした。ものを壊すのは、作ったり修理したりするのに比べて安易ではあるが、秘密の箱を開ける瞬間の楽しみはなかなかのものである。
 受講希望者は、毎年30名程度であるが、抽選で10名に制限させてもらっている。所属学部はやはり理系が多いが、30%程度の文系の学生も受講している。女性の割合は15%、電気電子工学科の割合は約20%程度である。授業の方針としては、細かい計画は立てずに、各自の興味や議論の成り行きに任せるようにしている。ブラックボックスに関する自由討論を通して、開けてみたいものをできるだけ多く提案し、その中から入手可能性などを考えて10種類程度に絞りこむ。そして、2、3人のグループに分かれてブラックボックスを入手し、作業(分解、観察、記録)を行う。これまで分解したものには、パソコン、使い捨てカメラ、ビデオプロジェクタ、ビデオデッキ、レーザプリンタ、携帯電話、ICカード(スイカ)、ファミコン、CDーROMドライブ、光記録媒体(CD、CDーR)などがある。分解作業を数週間行っていると、何かを作ってみたくなってくるものである。分解に比べると、制約が多く思ったものが作れるとは限らないが、遊びと割りきって、いろいろ挑戦している。製作(しようと)したものには、ラジオ、ピンホールカメラ、録音機、バーサライター、テレビ、電光掲示板、シャボン玉、恐竜の折り紙、テレビ、インバータなどがある。お決まりのレポートを無理に課すことはせず、遊びの気分を優先させるようにしている。オンライン掲示板やメーリングリストを利用して、時間外、期間外にも議論をしている。このテーマに関心をもって集まったメンバーなので、ものづくりを中心に共通の話題があり、議論が大層盛り上がる。とくに、女性、文系の学生が弁が立ち、議論をリードしているのが印象的である。
 ポケット・ゼミの様子、おわかりいただけたでしょうか。くわしくは、下記のURLを参照ください。
 ポケット・ゼミはさておき、あなたも身近のブラックボックスを開けてみませんか?いちおしは、携帯電話です。

※このポケット・ゼミのURL http://www.kuee.kyoto-u.ac.jp/~kitano/class/pocket/Icon new window

北野 正雄

大学院工学研究科教授
1952年京都府生まれ
最終学歴: 京都大学工学研究科修士課程(電子工学)
現在の専門: 量子工学
現職就任: 1999年12月
著書: 電子回路の基礎(培風館)
趣味: 折畳自転車