英語の鬼 2015年度

「共通教育通信 第6号」に当授業の記事があります。p.3ですので、あわせて読んでください。もうちょっと軽めです。
http://www.z.k.kyoto-u.ac.jp/pdf/link/link0245.pdf

「英語の鬼」の存在理由は読・書・聴・話の四技能を伸ばし、受験英語を英語運用力につなげることですが、その二本柱は「学習法の説明」と、「実際の運用力養成訓練」で、詳細は以下のようになります。尚、訓練の詳細はシラバスを見て下さい。

【英語学習の真実】:インフラとしての「話す」
最近『英語学習論』という上級学習者や教員用の本を書き、第二言語習得(外国語学習)分野の文献を、応用言語学から脳科学まで網羅的に検証しました。明らかなメッセージは四技能の養成における『話す』訓練の不可欠性です。最近では「話す訓練で運用力養成がはかどる」との認識が確立していますが、正しくは「話す訓練が無ければ運用力養成は不可能である」であって、読解(黙読)すら脳の発話野が牽引します。「話す」は他技能と並行するのではなく寧ろ先行すべしというのが近代科学に基づく真実です。

【英語学習の現実】:世界最低の話す力
国際的な英語の標準テストTOEFLで、「日本人のSpeakingは世界最低、京大生のスコアも日本平均と変わりません。下表は日本・京大生・全受験生・Princeton大学の留学生の平均スコアで、日本のダメさが際だちます。

Table 1. TOEFL iBTの平均点:各セクション30点満点
     読む 書く 聞く 話す 総合
日本人   16  18  16  15  65
京大生    23  22  19  15  78
全受験者   19  20  19  20   78
Princeton  29  27  28  24  108

この理想的学習の真実と日本の学習者の現実の間の懸隔をうめ、受験勉強で獲得した「「英語に*ついて*の知識」を「英語を*使う*技能」につなげるのがこの授業です。

【極度に難しい外国語の習得】:『かくしき』を重んじる
小学校からアメリカに移民した子供の多くは中学卒業時にネイティブレベルになりません。スペインからスウェーデンに移民した195名(53名は5歳以下)で十年後に完全にネイティブ並みだったのはわずか3名でした。二言語政策のカナダでフランス語で授業を受けた英語圏の小学生は、卒業時にアウトプットの間違いが消えませんでした。このように、大人(=ゼロ歳児以外)には外国語漬けによる吸収学習は不可能なのです。漫然と学ばず「「計画的・多角的・本格的・意識的・組織的・形式的(=形式に関する)」な『かくしきを重んじる』学習の継続が必要で、大人の英語学習は正に受験勉強状態です。

【英語学習を学習する】
『かくしき』を可能にするのは大人の英語学習の特性に関する知識です。宣言的知識と手続き的知識、流暢さ養成の四要素、転移適切性処理、学習の四重螺旋、DEARと拡張DEAR、Levelt等の発話モデル、スピードの目安、話し言葉の優位性、言語のインフラとしての聴・話、読書聞話の連携、習得のインフラとしての読・聞、習熟のインフラとしての話・書、これらが分からなければ大人の言語習得の本質を学習に生かせません。よって、本講義では「応用言語学者や脳科学者が見つけた大人の言語学習の本質・特性を、学習者向けのダイジェスト版で説明し、自らの学びの構築を助けます。

【10年・1万時間】
一般的に高度で複雑な技能のExpertise(熟練)には「10年・1万時間が最低限の基準であり、料理・チェス・楽器演奏・野球などが身近な例ですが、言語能力もそういう高度で複雑な技能のひとつです。しかも、単に短期集中型の1万時間ではなく、ワインの様な長期熟成が必要です。単純計算で毎日3時間なら10年で1万時間であり、つまり「太く長く」が肝要なのです。日本人の四歳児は、日本語なら当然の欠落している主語が、補えない事がよくあり、彼らは未だ日本語のネイティブスピーカーではありません。五歳児で初めてネイティブレベルですが、どんな言語でも5歳頃が臨界で、そこまでの言語経験は聞くだけで1万8千時間です。言語習得の天才の赤ん坊がこれですから、大人が10年・1万時間でも不思議はありません。

【勉強としての大人の英語】:京大生に追い風
「大人の英語学習は「本能」ではなく、京大生が得意なはずの「勉強」です。皆さんができないなら日本人はほぼできません。その意味でも“出来て”下さい。運用力の養成は簡単ではないし、短期決戦でもありません。英語力が完成しないのも最初から分っています。反面、基礎的な英語能力は、常人には達成不可能な超能力ではけっしてありません。練習すれば必ず乗れる自転車のように、根気強い努力さえあれば英語運用力は必然なのです。成功は必然なのに、なぜ投げ出すのでしょうか。大人レベルの『読み書きそろばん』が目標の義務教育だけでも9年、獲得に数年を要するスキルの方がむしろ普通で、「短期間で身につくものはスキルと呼ぶほどの値打がありません。大切なのは、「そんなに大変ならやらない」と簡単にあきらめるのではなく「本当に大変なので、今すぐ始めてずっとやり続ける」という正しい態度を持つことです。一つあきらめるごとに、次の何かをあきらめるのがさらに簡単になり、一度投げ出すと、次に何かを投げ出すのがもっと簡単になりますよ。

青谷 正妥

 こういう講義をやる資格と言いますか、講師の自己紹介をしておきます。

 講師の青谷正妥(あおたにまさやす)は、京都大学国際交流推進機構の准教授。1954年大阪市生まれ。大阪府立天王寺高等学校卒。学士が京都大学理学部(化学)、修士がニューヨーク市立大学(数学)、一つ目の博士号(Ph.D.;理学博士)がカリフォルニア大学バークレー校の数学、二つ目の博士号(Ed.D.;教育学博士)がテンプル大学(フィラデルフィアにあるペンシルバニア州の公立大学。大阪分校があります)の第二言語習得(要するに外国語学習・教育)です。
 1979年京都大学理学部大学院(当時は理学研究科と言う名前はありませんでした)1回生の途中で渡米し、20年間アメリカで生活。首都ワシントン、ニューヨーク、サンフランシスコ等東西海岸の主要都市で、メリーランド大学、プリンストン大学、ニューヨーク市立大学、カリフォルニア大学バークレー校、サンフランシスコ州立大学と5つの大学院に在籍。在米中、プリンストン大学、カリフォルニア大学、MITを含む4短大・11大学で教鞭を執り、化学・生物学・数学・統計学・物理学・天文学・日本語・経営学・電子工学・コンピューターの講義を担当。又十年間企業にて広報・研修等に従事、シリコンバレーでも勤務。化学より物理・数学へと二十年間で化学者から数学者に転身。
 最近は英語教育にも力を入れており、英語力に関しては、1978年から英語検定1級、現在はTOEIC・TOEFL CBT・TOEFL iBTが満点。*しかし*、「平均的京大教員の一億倍、アメリカ人の一億分の一」の英語力。著書に『Listening Comprehension and Overall Proficiency』(LAMBERT Academic Publishing)、『英語学習論』(朝倉書店)、『英語勉強力』(DHC出版事業部)、『超★理系留学術』(化学同人社)、『情報社会とコンピュータ』(昭晃堂:共著)。
 趣味は昆虫・魚・両生類・爬虫類とスケートボード。よって人生も横乗り状態。No insects, no life!
 なお、明石家さんま、島田 紳助、石田純一、ルー大柴、立川 志の輔、ジョン=トラボルタ、カルロス=ゴーン、デューク更家、高見沢 俊彦、デーブ=スペクター、中畑 清、田尾 安志、安倍 晋三、プリティ長嶋、古舘 伊知郎、デンゼル=ワシントンなどが同世代です。

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